焙煎によるクリーンカップの大敵は?
昨日、「焙煎が少しわかってきた」と書きましたが、だんだんと繊細な表情を読み取れるようになってくると気がつくことがあるからです。

基本、クリーンカップの大敵は、熱量を与えすぎの「重たさ」や、熱量が不足している「ボヤけ」だと分析をしています。
ですので、一番理想な焙煎は、その両者が登場していない「透明感」と「明るさ」であることが理解できます。

といっても、そこまで来るのも年月のかかる技量で、そこまで至っていないと、「重たさ」を通りこして「ザラつき」が登場したり、「ボヤけ」を通りこして「アンダー」や「飲みやすい」という印象になってしまっていたりすると分析をしています。

ですが、焙煎によるクリーンカップはドンピシャの焙煎ですので、なかなかあるものではありません。
どっちか(重たさか、ボヤけ)が登場していると言ってもいいのですが、それが「クリーンさがあるけれど、ほんのちょっと重たさ(ボヤけ)がある」という焙煎であればよいということなのだと考えています。
それくらい、ドンピシャの焙煎はそうそう登場するものではないということです。
ほとんどの場合は、どちらかに偏っているということです。

なので、できるだけ繊細な焙煎を通年を通しておこなわなければならないのが、クオリティレベルの高い焙煎士ということになるのだと考えています。

ということは、毎日焙煎をしていなければ、その変化に気がつけませんし、焙煎の設定の対応もできませんので、毎日しっかりと焙煎業務をしているということが前提になるものだと考えています。

そして、できるだけカッピングをする。
焙煎だけしていても、カッピングしていなければ、検証ができませんので、「焙煎とカッピング」はセットでおこなわなければ意味がありません。

そういった日常を何年も積み重ねることで、見えてくる「景色」があるということだと思うのです。
やはり、人間は積み重ねが大事なんだなぁと思うわけです。

まだまだ、ボクの日常の積み重ねは続きます。
どこまで、見えるようになるのか?
それも、楽しみのひとつです。

 


 


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