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「情けは人の為ならず」って、そいうことなのね。
糸井重里さんの「ほぼにち」での「今日のダーリン(3/6)」で、「情けは人の為ならず」ということわざのことが書かれていた。
面白いので読んでもらえればと思うのですが、「ほぼにち」の今日のダーリンは1日しか閲覧ができませんので、これを見た人は今日中に見ないと、明日では見れなくなってしまいますのであしからず。

イトイさんは、そのことわざを間違って解釈(ボクは今でも間違っていた・・・)していて、大人になりかけのころ国語の授業で教わってしまったらしい。

「情けは人のためにならないんだよ」と間違って解釈していたことわざが、実は「情けは人の為だけではなく、じぶんの為でもあったのだ」ということだったというお話で、「情けは人の為ならず」で、それ以上のことは省略して言っていないという、『ことわざの構造がみごとだ』とイトイさんは語っているのです。

それを読んで、詩的な表現というのか、俳句的というのか、あえて「そこを隠しておく」というところが美しいなぁと思えた訳です。
言い切ってしまえばいいのですが、あえて「言わない」。
これは日本的な考え方だと思うのです。

これには、見えないものを読み解く力のような気もするわけです。
そこには「絵」や「写真」などの「決められた範囲」の描写の「外」にある「見えていないものを想像する」ような感覚と同じような感じを覚えたのです。

たぶんそういうことを「意図的」に描いている人たちも居て、「読み取れる人たちだけには理解できる」ような創作をしているのではないのか?
なんて思ったりしたのです。

言ってしまえば、描いてしまえば簡単な話しなのですが、それをあえて言わない(描かない)というところに、「美」があるのかもしれませんよね。

 


 


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