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ゴッホ展を見てみたい。
先日の定休日に、時間をつくって映画を見に行った。
ここら辺りでは、豊橋のユナイテッド・シネマ豊橋でしか上映していませんでしたので、どうしても都合をつけて見たいと思ったのです。

映画は「永遠の門・ゴッホの見た未来」という作品でした。
ボクはそれほどゴッホのことを詳しく知ってはおりませんし、その絵を見てもそれほど多くのものを感じとることもまだできません。

強いて言えば、うちの相方が「ゴッホが好き」だというくらいでしょうか。

そして、これは映画の話からは少し逸れてしまいますが、今年大災害を引き起こした大型台風が去った後に散歩をしていて、うちの相方が気がついて、感動していたことがありました。

それは、大風によって収穫し終えた稲の穂が吹き飛ばされ、田んぼの端に吹き飛ばされた稲の穂が風によって寄せられていた風景を見たことです。
これ、ゴッホの絵によく描かれている、背景や空の背景に似ていると思いませんでしょうか?



これは人によって受け取り方が違いますが、ボクは「ゴッホは目に見えない風の流れが見えていたんだ」と思ったのです。
これは、人が作り出したものではなくて、自然の風のチカラで描かれた景色なのだということなのです。
なので、風の動きがそのまま目で見える形となって残ってしまったのです。

ボクたちも、ゴッホの絵を見てその形が脳裏に残っていたので、気がついたのですが、なんの情報も無しに、この風景を見ても何も感じなかったことでしょう。
ですが、ボクたちはゴッホの絵を知っていた。
だから、気がついた。

ゴッホは、何もない無の状態から、この風の流れに気がついていた。
映画の中でも言っていたのですが、ゴッホは自然の中の描写をとても大切にしていました。
そんな自然の素晴らしさを知っていたゴッホだからこそ、目では見れない風の流れを気づいたのかもしれません。

たぶん、まだまだボクの気づかない自然美がゴッホの絵の描写にはあるのだろうなぁ。
そんなことを思いながら、実際の絵を見てみたい。

今、ゴッホ展やっていますので。

「趣味」を育てるのは、興味から。
イベントに出店するようになって、初めて浜松市で開催されるイベントを調べるようになりました。
すると、これがいろいろとイベントが開催されていることに気づきます。

興味が出るだけで、今までと視点が変わり、そしてゆくゆくは行動も変わる。
その出発点が、「興味」という「動機」なのだということです。

いくら些細な興味でもいいので、まずは調べてみるということが大切かも知れません。
今の時代はネット環境があるので、まずはネットで調べてみる。
というように、興味の種を摘まないように、少しづつ育ててあげると、本当に興味のあるものは実際に行動に移っていくことでしょう。

ボクも、元々はコーヒーが好きなわけでもなく、大阪で暮らしていた頃に、たまたま入った喫茶店が自家焙煎珈琲店で、お店に入った瞬間にコーヒーの香りが漂っていて、飲んでもいないのに「ここのコーヒーは美味しい」と脳が理解して、不思議と「このお店で働きたい」と繋がっていってしまったことが、ボクがコーヒーの道に進んだきっかけでした。
その喫茶店に入っていなかったら、ボクの人生は変わっていたかも知れないのです。

きっかけは些細なことなんだと思うのです。
その些細なきっかけを、いかに増幅させるかは、やはりその人自身なのだと思うのです。

そのためにも、きっかけ、興味、と増幅してきたら、行動に移して「趣味」としていくことなのだと思うのです。
人生を豊かにするのは、生活の中での楽しみを見つけることだと思うので、それを「趣味」と言うのだと思っています。

人の数だけ、いろんな趣味がありますので、どの趣味が自分に向いていて、そして仕事以外の時間に費やしたいと思える存在になれるのか?
を育てる必要があると思っています。

やっぱり、基本はワクワクなんですかね。

浜松ローカルコーヒーフェス2019 in 浜松城公園が今年も開催されます。
今年も、11/24(日)に浜松城公園でHamamatsu Local Coffee Fes 2019が開催されます。


<*昨年2018年の浜松ローカルコーヒーフェスの様子です。>

今年も多くのお客さまが集まることが予想されますので、運営サイドと出店サイドで何回も集まり、昨年の反省を踏まえて今年のコーヒーフェスを作り上げています。


<*昨年2018年の様子>

コーヒーの提供はもちろんですが、集まってくれるファミリー向けにもいろいろと楽しんでもらえる催しを企画してのvol.2となっていますので、時間に余裕がある方は、ぜひ浜松城公園に足を運んでみてください。


<*昨年2018年の様子です。>

昨年は公園の広場半分の許可しかもらえなくて広場半分での開催でしたが、今年は公園広場全体が使わせていただけることになりましたので、昨年のようにギュウギュウで、どこに並んでいるのか分からないということは無いように運営サイドもキチンと考えています。

よい天気に恵まれますように、皆さんで祈ってください。
屋外のイベントはお天気だけが、不安な要素ですので!

秋の虫の声。
昨晩は、寝ようと思い窓を閉めようとして気が付いた。
台風が通り過ぎて、虫の声が「秋の虫」の声に変わっていた。

立秋を過ぎたから、暦の上では秋なので、秋の虫の声がしていてもおかしくないかもしれないけれど、季節の移ろいが、「台風が通り過ぎたら」という1つの出来事を境に変化するというところが、面白くもあり、そして儚さを感じるところでもあるのです。

暑い暑いと言っていますが、季節はもう8月中旬です。
日が暮れる時間も徐々に短くなり、8月が終わる頃にはもっと日暮れの時間が短くなることでしょう。

5月に田植えをした稲が、今では稲穂となり、まだ青々とした稲の穂ですが、背丈がかなり伸び、風に吹かれる姿がとても綺麗に目に留まります。

年を重ねるごとに、目で見ている世界が、今までの視点とはちがってきて、自然の移り変わりなどを捉えるようになってきていたりすることに気づきます。

同じ景色が流れていますが、実際に見て感じている景色は、一人一人ちがうのかもしれません。
なので、同じ箇所を感じ共感できる人たちが、価値観を共有し、同じ時間を共有したくなるのでしょう。

そう考えると、人って面白い生き物なんだなぁと思いますよね。

自分だけの空間と時間。
最近、実家で飼っているネコの寝場所が頻繁に変わっている。

一般的には、「ネコは涼しい場所を知っている」と言われているが、うちの実家のネコの場合の基準は、「涼しい場所」よりも「自分だけの場所」の方が上回っているみたいだ。

先週くらいまでは、2階の以前ボクが使っていた部屋の中にあるダンボールの中がお気に入りだったのですが、そこが見つかってしまってからの今週は、1階の空いたダンボールの中に居て、しかもどうやって入るのかフタが閉じている中で寝ていたりした。
今日になるとまた居場所が変わっていて、どこで寝ているのか判らない。

うちのネコは、お気に入りだった場所が人に見つかるようになると、寝場所を変えるので、「自分だけの場所」がイチバン大切な選択肢なのだろうと思っている。

こういう心理は人間でもあるもので、「自分だけの場所」はとてもパーソナルな空間で、しかも親しい人であったとしても、一緒には居たくなかったりする。

ボクには、日常的にはそういった空間は無いのですけれど、山に行った時の「1人用テント」なんかがそういった空間なのかなぁと思う。

たまには、自分だけの空間で、自分だけの時間を過ごすという至福な空間と時間は必要なものなのだと思います。

「こだわり」は「囚われる」と同じ意味合い。
先日、「囚われる」ことで「見えなくなる」ということを書きました。
実のところ、この「囚われる」という現象は、言葉を置き換えると「こだわる」ということとイコールになります。

よくテレビや雑誌で、「こだわり」が凄くて素晴らしいなどと表現されている現象を耳にすると、現代の一般的な意味合いでは「こだわり」という表現はとてもポジティブに聞こえます。

ですが、モノ作りのボクの感覚では、「こだわり」=「囚われる」は本質からは外れてしまう感覚となりますので、とてもネガティブな印象を持っています。

出来るだけ「囚われない」ようにするためには、どうすれば良いのかを考えますし、「囚われない」という意識はどのように俯瞰すれば良いのかを考えたりします。
それくらい、囚われない心の持ちようは、とても難しさがあるという考えを持っています。

ですが、一般の人は「こだわり」を持った方が良いものが作れるという認識ですので、もう出発点が真逆だったりします。
本質を追求しようと考えている人たちは、避けても通れないのが「囚われる」=「こだわる」というところだったりするからです。

同じ言葉でも、人によってはその認識は真逆の意味合いだとする。
ここに、難しさがあるということです。

では、本質という美味しさはなんなのか?
ここが意味するところというのも、人によっては真逆が存在しているということです。
ただ単に「美味しさ」だけでしたら、人それぞれの主観ですので、「人によって」が有りな価値観となりますが、「本質の美味しさ」という表現だと、一気にとても難しくなるということです。

そのためにも、言葉の持つ意味合いの本質も理解しなければならないとボクは考えている訳なのです。

想いを「読み取り、受け取る」ために。
大塚国際美術館に行き、この年になって絵画に触れると、絵画からすこしだけ「想い」が伝わるような気がしている。

うちの相方は、「ゴッホの絵が好き」だという。
想像でしかないが、ゴッホはとても寂しく、複雑な想いを胸の内に宿しているからこそ、その絵をみて「複雑な想い」が伝わり胸が熱くなる。

作者が絵と向き合う時間はとても長いからこそ、時代背景からくる思想感や、それまでの人生観、宗教観、恋愛観などすべてがその作者の想いが形となって、絵に登場してくるものなんだと思っています。

最終的に見る側は、食と同じで「好み」になってしまうのだと思うのですが、その作者のその時点の「想い」が「どんなものであったのか?」を、汲み取ることで想像し、よりその「想い」が伝わるものなのではと考えるようになりました。

それくらい優れた作品は、「想い」という気持ちまでもが描写されているということなのだと思うのです。

それらを楽しむためには、やはり「好きな絵」や「好きな画家」がいると、事前にそれを自然と学ぶ時間が生まれますので、ものごとの出発点は「好き」という興味から入ることがいいのかなぁと、より思うようになりました。

「好き」から入って、興味を持ち、そして学びの蓄積をしていく。
そして、それらを「読み取り」そして「受け取る」のです。


当店では、そういった「読み取る」ための能力の育成などをテーマにした、「コーヒーテイスティングの基礎講座」などの講座もおこなっております。
興味がございましたら受講してみてください。

大塚国際美術家に行って、液体との類似点があることを知りました。
大塚国際美術館が、たのしかった。

特殊技術により、オリジナル作品と同じ大きさのサイズに、陶板に転写し焼き付けることで2,000年以上経ってもそのままの色で残ることで、文化財の記録保存のあり方に大いに貢献している世界初のそして唯一の「陶板名画美術館」です。
知らない人には「昨年末のNHKの紅白で、米津玄師さんが中継された美術館」と言えば、そこかぁと思い出す人は多いことでしょう。

展示作品のリストも「1,074点」もあり、地下B3・B2・B1そして、地上は本館と別館の各1F・2Fがすべて美術館になっていますので、全部見るにも半日はかかりますし、しっかりと見ようとすると1日では足らないと感じる美術館でした。

陶板に焼いていますので、写真の撮影もOKですし、手で触ってもOKなので、とても近づいて見ることもできる点がまた素晴らしいのです。

朝10時過ぎに入館し、10:30からの1時間のガイドさんの無料の説明を付いて歩き、その後は個人で閉館まで観て回りました。
現在のボクの興味は、コーヒーの「質」とも繋がる「明るさ」や「透明感」というところが自分のテーマだったように思い、B1のフロアが一番興味を感じ、一番長い時間そのフロアに居ました。

とくに、ゴッホ・モネ・ルノワール・ミレーの作品を観て回りました。
感覚は面白いもので、コーヒーの液体としての「透明感」が理解できるようになると、音の透明感や、絵画から伝わる空気感の透明感も、なんとなく理解ができていることに面白さを感じます。

ボクが今回一番に惹かれたのは、モネの絵の「透明感」でした。
「カササギ」「アルジャントゥイユの橋」「アルジャントゥイユのヒナゲシ」「キャピシーヌ大通り」や有名な「日傘の女」などです。
同じモネでも、1900年近くの「睡蓮の池」のシリーズになるとまた印象が変わるので、個人的には1880年代ころまでの作品の共通点でもある「透明感のある空気感」に魅力を感じ、そして惹かれたのです。

とくに「カササギ」は、冬の凜とした凍てつく空気感が「透明感」として伝わり、見惚れてしまっていました。

それの対比としては、ルノワールの「やわらかさ」です。
やわらかさは「動き」であり「ぬくもり」でもあることが伝わります。

これらは、液体のコーヒーと同じ表現ですので、言葉はすべての表現と類似している現象ですので、なにかひとつをずうっと勉強しているだけでも、いろんな類似点を見つけることができ、そしてその表現が見えてくることが面白いなぁと思えた出来事でした。

たぶん、ボクが良質なコーヒーと出会っていなかったとしたら、今のこの感覚を得ることはありえなかったので、偶然とはいえ良質なコーヒーと出会い、それを勉強できていることがまた楽しくなってきた出来事でもありました。

当店では、そういったコーヒーから学ぶ「感覚の育成」をテーマにした、「コーヒーテイスティングの基礎講座」などの講座をおこなっております。
興味がございましたら、ご連絡ください。

大塚国際美術館に行ってきます。
明日から3連休をいただいております。

実は、ウチの相方と山歩きの会でもお世話になっているMさんの奥さんとの間で「大塚国際美術館」に行くという話題で盛り上がっていたのですが、その二人だと公共交通機関を使った旅になることから、Mさんの旦那さんに話を持ちかけ、当初その気が無かったMさんの旦那さんをその気にさせて車を出してもうらことになり、せっかく車で行くなら一人でも多いほうがいいという話で、ボクにも声がかかったという背景があります。
そしてせっかく行くなら3連休にして、「大塚国際美術館」をメインで丸一日見ようという話になったのです。

静岡に住んでいると、なかなか四国に行く機会がないので、100名城をしているウチの相方は、丸亀城や高松城、徳島城も四国にせっかく行くなら行きたいという話になり、ボク的には修学旅行の感覚で、決められたコースをついていく感じです。

しかし、次男という上に兄がいる設定の人生を歩んできているボクには、流されながらも「楽しめる」という思考があります。

言い換えると「楽しみを見つけることができる能力」と言ってもよいのかもしれません。
そして、今回期待している中のひとつに「今の自分は、美しさがどれくらい見れるようになったのか?」という期待感があります。

それは、もう感覚でしかない世界ですので、見て感じるしかありませんが、今なら「すこしは感覚として感じることができるのではないか?」と思っているのです。

今回の旅で、また「美しさの理解が深まればいいなぁ」と思っているのです。

ということで、5/22(水)は、お休みをいただいておりますので、お間違えのないように。

新しい情報を得るためには。
今日は、中学校時代の同級生がどうした訳なのか、二人で来店してくれた。

同じクラスだったこともあり、気心は知れていたのですが、なんの話からその話になったのかは覚えていませんが、「映画を観に行く?」という会話から、一人の友人が「私は海外のドラマなどをDVDで見るときは、早送りで見る」という意味の分からないことを言い出した。

ボクの中には、そういった「考え方」がありえないので「意味がわからないこと」になってしまう。
そして、同級生として今までもいろんな話をしてきたであろうはずなのに、その話は初めて聞くことだった。
このように、あるピンポイントの話題にならない限り、その内容の話は聞くことはないまま通り過ぎてしまっていたりする。

そういった会話にならない限り、その「会話の引き出し」を開くことが無かったということである。
こういうことは、以外と多いのかもしれない。

新しい「なにか」を知るきっかけであったり、新しい「情報を得る」ためには、まずは話題づくりである「こちらからの情報発信」が重要なようが気がするのです。
それに対して、相手は「私はね・・・」という情報を教えてくれるような気がしています。

ということは、こちらからの「問いかけ」であったりするところの「情報発信」であったり、問いかけの「質問」の内容が、新しい情報を得るためには重要になってくる「カギ」を秘めているということだと思うのです。

新しい良い情報をいつも持っている人は、無意識にでもそういった技を使える人なんだろうなぁと思うのでした。



 


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