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想いを「読み取り、受け取る」ために。
大塚国際美術館に行き、この年になって絵画に触れると、絵画からすこしだけ「想い」が伝わるような気がしている。

うちの相方は、「ゴッホの絵が好き」だという。
想像でしかないが、ゴッホはとても寂しく、複雑な想いを胸の内に宿しているからこそ、その絵をみて「複雑な想い」が伝わり胸が熱くなる。

作者が絵と向き合う時間はとても長いからこそ、時代背景からくる思想感や、それまでの人生観、宗教観、恋愛観などすべてがその作者の想いが形となって、絵に登場してくるものなんだと思っています。

最終的に見る側は、食と同じで「好み」になってしまうのだと思うのですが、その作者のその時点の「想い」が「どんなものであったのか?」を、汲み取ることで想像し、よりその「想い」が伝わるものなのではと考えるようになりました。

それくらい優れた作品は、「想い」という気持ちまでもが描写されているということなのだと思うのです。

それらを楽しむためには、やはり「好きな絵」や「好きな画家」がいると、事前にそれを自然と学ぶ時間が生まれますので、ものごとの出発点は「好き」という興味から入ることがいいのかなぁと、より思うようになりました。

「好き」から入って、興味を持ち、そして学びの蓄積をしていく。
そして、それらを「読み取り」そして「受け取る」のです。


当店では、そういった「読み取る」ための能力の育成などをテーマにした、「コーヒーテイスティングの基礎講座」などの講座もおこなっております。
興味がございましたら受講してみてください。

大塚国際美術家に行って、液体との類似点があることを知りました。
大塚国際美術館が、たのしかった。

特殊技術により、オリジナル作品と同じ大きさのサイズに、陶板に転写し焼き付けることで2,000年以上経ってもそのままの色で残ることで、文化財の記録保存のあり方に大いに貢献している世界初のそして唯一の「陶板名画美術館」です。
知らない人には「昨年末のNHKの紅白で、米津玄師さんが中継された美術館」と言えば、そこかぁと思い出す人は多いことでしょう。

展示作品のリストも「1,074点」もあり、地下B3・B2・B1そして、地上は本館と別館の各1F・2Fがすべて美術館になっていますので、全部見るにも半日はかかりますし、しっかりと見ようとすると1日では足らないと感じる美術館でした。

陶板に焼いていますので、写真の撮影もOKですし、手で触ってもOKなので、とても近づいて見ることもできる点がまた素晴らしいのです。

朝10時過ぎに入館し、10:30からの1時間のガイドさんの無料の説明を付いて歩き、その後は個人で閉館まで観て回りました。
現在のボクの興味は、コーヒーの「質」とも繋がる「明るさ」や「透明感」というところが自分のテーマだったように思い、B1のフロアが一番興味を感じ、一番長い時間そのフロアに居ました。

とくに、ゴッホ・モネ・ルノワール・ミレーの作品を観て回りました。
感覚は面白いもので、コーヒーの液体としての「透明感」が理解できるようになると、音の透明感や、絵画から伝わる空気感の透明感も、なんとなく理解ができていることに面白さを感じます。

ボクが今回一番に惹かれたのは、モネの絵の「透明感」でした。
「カササギ」「アルジャントゥイユの橋」「アルジャントゥイユのヒナゲシ」「キャピシーヌ大通り」や有名な「日傘の女」などです。
同じモネでも、1900年近くの「睡蓮の池」のシリーズになるとまた印象が変わるので、個人的には1880年代ころまでの作品の共通点でもある「透明感のある空気感」に魅力を感じ、そして惹かれたのです。

とくに「カササギ」は、冬の凜とした凍てつく空気感が「透明感」として伝わり、見惚れてしまっていました。

それの対比としては、ルノワールの「やわらかさ」です。
やわらかさは「動き」であり「ぬくもり」でもあることが伝わります。

これらは、液体のコーヒーと同じ表現ですので、言葉はすべての表現と類似している現象ですので、なにかひとつをずうっと勉強しているだけでも、いろんな類似点を見つけることができ、そしてその表現が見えてくることが面白いなぁと思えた出来事でした。

たぶん、ボクが良質なコーヒーと出会っていなかったとしたら、今のこの感覚を得ることはありえなかったので、偶然とはいえ良質なコーヒーと出会い、それを勉強できていることがまた楽しくなってきた出来事でもありました。

当店では、そういったコーヒーから学ぶ「感覚の育成」をテーマにした、「コーヒーテイスティングの基礎講座」などの講座をおこなっております。
興味がございましたら、ご連絡ください。

大塚国際美術館に行ってきます。
明日から3連休をいただいております。

実は、ウチの相方と山歩きの会でもお世話になっているMさんの奥さんとの間で「大塚国際美術館」に行くという話題で盛り上がっていたのですが、その二人だと公共交通機関を使った旅になることから、Mさんの旦那さんに話を持ちかけ、当初その気が無かったMさんの旦那さんをその気にさせて車を出してもうらことになり、せっかく車で行くなら一人でも多いほうがいいという話で、ボクにも声がかかったという背景があります。
そしてせっかく行くなら3連休にして、「大塚国際美術館」をメインで丸一日見ようという話になったのです。

静岡に住んでいると、なかなか四国に行く機会がないので、100名城をしているウチの相方は、丸亀城や高松城、徳島城も四国にせっかく行くなら行きたいという話になり、ボク的には修学旅行の感覚で、決められたコースをついていく感じです。

しかし、次男という上に兄がいる設定の人生を歩んできているボクには、流されながらも「楽しめる」という思考があります。

言い換えると「楽しみを見つけることができる能力」と言ってもよいのかもしれません。
そして、今回期待している中のひとつに「今の自分は、美しさがどれくらい見れるようになったのか?」という期待感があります。

それは、もう感覚でしかない世界ですので、見て感じるしかありませんが、今なら「すこしは感覚として感じることができるのではないか?」と思っているのです。

今回の旅で、また「美しさの理解が深まればいいなぁ」と思っているのです。

ということで、5/22(水)は、お休みをいただいておりますので、お間違えのないように。

新しい情報を得るためには。
今日は、中学校時代の同級生がどうした訳なのか、二人で来店してくれた。

同じクラスだったこともあり、気心は知れていたのですが、なんの話からその話になったのかは覚えていませんが、「映画を観に行く?」という会話から、一人の友人が「私は海外のドラマなどをDVDで見るときは、早送りで見る」という意味の分からないことを言い出した。

ボクの中には、そういった「考え方」がありえないので「意味がわからないこと」になってしまう。
そして、同級生として今までもいろんな話をしてきたであろうはずなのに、その話は初めて聞くことだった。
このように、あるピンポイントの話題にならない限り、その内容の話は聞くことはないまま通り過ぎてしまっていたりする。

そういった会話にならない限り、その「会話の引き出し」を開くことが無かったということである。
こういうことは、以外と多いのかもしれない。

新しい「なにか」を知るきっかけであったり、新しい「情報を得る」ためには、まずは話題づくりである「こちらからの情報発信」が重要なようが気がするのです。
それに対して、相手は「私はね・・・」という情報を教えてくれるような気がしています。

ということは、こちらからの「問いかけ」であったりするところの「情報発信」であったり、問いかけの「質問」の内容が、新しい情報を得るためには重要になってくる「カギ」を秘めているということだと思うのです。

新しい良い情報をいつも持っている人は、無意識にでもそういった技を使える人なんだろうなぁと思うのでした。

なにごとも、続けることが大切。
4月の終わりころに、ちょっとした体調不良があり病院に行くことに。
そちらの症状は診てもらったらなんともない感じだったのですが、念のために血液検査をしてもうことにしたのですが、せっかく血液を採取するので、血液の数値も一緒に調べてもらうことに。

そして、検査結果を聞きに行ったところ、いままでは正常値だった血糖値が上限ちかくまで上がっていました。
たぶんこれは、晩ごはんを食べる時間も遅いことと、食べてソファに座ると知らないうちに寝落ちしていることが多く、こういった生活習慣がそのまま血液の異常に現れてきているんだと実感しました。

自営業の場合は健康保険の受給も手薄になるので、健康な体があってこそ定年が無いことで、長く働かけるので、資本の健康な体を維持することも重要な運営の要素となります。

ですので、もうその診断をされた日から、食後に歩くようにしました。
当然、目安としての体重を減らすことも大切なことだと考えているので、目に見えて変化がわかる、体重を落とすことと、鏡を見てすこしでも体型が変化していくことを喜びに変えて、毎日取り組んでいきたいと考えています。

いまのところ、2週間くらい経つのですが、1キロくらいの減量ができてきています。
続けることが大切だと考えていますので、これから続けていけるようにがんばりたいと考えているのです。

嗅覚の育成のトレーニングも続けることが大切ですので、こちらの「健康体のためのトレーニング」も続けていくことの重要性を示していけたらと考えています。

とりあえずは、1ヶ月1キロずつ痩せて、7月までに3キロ痩せれるように、毎日のトレーニングをしていくつもりです。

原作のマンガから実写化される映画が多い。
以前も書いたことがありましたが、映画を映画館に観に行くことが増えました。
それは、「夫婦50割」というサービスがあり、夫婦どちらかが50歳以上で、夫婦で同じ映画を観る場合に限り、1人 1100円で観ることができるサービスを知ってからです。

ですが、この難点は2人同じ映画を観なければならない点です。
同じ映画を観たいという映画でしたら大丈夫なサービスですが、片方が「嫌だ」とか、「一緒には観たくない」という場合には、このサービスが当てはまらないからです。

ボクの場合、以外と「一人で観たい」という映画があるので、そういう場合は他のサービスを利用しながら安く観れるときに行ったりするわけです。

そして、ほんと最近はマンガから実写の映画化されることが多い。
すでにストーリーがしっかりとしているし、なにしろファンが付いているので、それらを見込んで上で製作費をかけても見込みがあるという背景があるのかもしれない。

ただファン目線で残念なことは、まるっきり同じストーリーではなくなる点。
原作とは、異なってしまうんですよね。

こういう点は、ボクたちがしている仕事とも似ている。
多店舗展開してしまったりすることで、お店ごとに当然味が変わってしまう。
クオリティは人が作り出すものなので、仕方のないことなのですが、期待が大きすぎると、その落差も大きい。

なのでウチの場合は、1店舗のみで営業していくことに決めているのです。

と、そんなことを言っていますが、4月に実写化される映画は観に行くんですけどね。

興味が沸いたら、とりあえず動いてみる。
今週の定休日でなんとか確定申告を済ませ、今年も無事に確定申告が終わりました。
毎年のことですが、やっぱりこの時期はコレが終わらないと気が抜けないので、今年も無事に済みホッとしています。

気がつけば、気温はそれほど変わっていないのですが、風に温かみを感じ「春」を思わせる季節に移り変わってきています。
いろんな草木に花が芽吹いてきていて、風の中に「花の香り」が入り、冬が通り過ぎたことを知らせてくれています。

こういった「季節の移り変わり」を「香り」が教えてくれていることに気づいたのも、テイスティングによりいろんな「香りをキャッチ」できるようになってからです。
それまでは、「そういったことを言う人」が居ても、その存在に気がつけないので、「なにを言っているだ?」と理解できませんでしたが、今では共感ができるようになりました。

今年で50才を迎えるボクですが、この年になって「意外と人生は短い」ことに気づきます。
なので、なにかしら興味があったら、行動しないことには、生きているうちにそれが叶わなかったりしますので、興味が沸いたら、「とりあえず動いてみる」という行動が大事なんだと思っています。

ボクもまだやりたいことがありますので、そこを目指して、とりあえず今年できることをしようかと考えているのです。

「情けは人の為ならず」って、そいうことなのね。
糸井重里さんの「ほぼにち」での「今日のダーリン(3/6)」で、「情けは人の為ならず」ということわざのことが書かれていた。
面白いので読んでもらえればと思うのですが、「ほぼにち」の今日のダーリンは1日しか閲覧ができませんので、これを見た人は今日中に見ないと、明日では見れなくなってしまいますのであしからず。

イトイさんは、そのことわざを間違って解釈(ボクは今でも間違っていた・・・)していて、大人になりかけのころ国語の授業で教わってしまったらしい。

「情けは人のためにならないんだよ」と間違って解釈していたことわざが、実は「情けは人の為だけではなく、じぶんの為でもあったのだ」ということだったというお話で、「情けは人の為ならず」で、それ以上のことは省略して言っていないという、『ことわざの構造がみごとだ』とイトイさんは語っているのです。

それを読んで、詩的な表現というのか、俳句的というのか、あえて「そこを隠しておく」というところが美しいなぁと思えた訳です。
言い切ってしまえばいいのですが、あえて「言わない」。
これは日本的な考え方だと思うのです。

これには、見えないものを読み解く力のような気もするわけです。
そこには「絵」や「写真」などの「決められた範囲」の描写の「外」にある「見えていないものを想像する」ような感覚と同じような感じを覚えたのです。

たぶんそういうことを「意図的」に描いている人たちも居て、「読み取れる人たちだけには理解できる」ような創作をしているのではないのか?
なんて思ったりしたのです。

言ってしまえば、描いてしまえば簡単な話しなのですが、それをあえて言わない(描かない)というところに、「美」があるのかもしれませんよね。

しょぼくれた中にも、ちょっぴり嬉しいこと。
ふと思い立ち、今まで書いてきたブログを振り返ってみたりしてみると、今よりも上手に書き出していたりしていて、これはイカンと反省してみたり。

あまりにも確信を言いたいがために、そこにたどり着く前に飽きてしまう人もいるのではないか?などと思い、お笑い芸人ではありませんが、話の持っていき方というものも少しは考えたほうがよいのかも?などと思ってみたりしました。

ただ、毎日が完成度が高いのではつまらないとも思うわけです。
そんなに、毎日びっくりするような、驚きはありませんので、当然話の内容も驚きがなければ、しょぼくれてて当たり前だということです。

しかし、そのしょぼくれた中にでも、ほんのちょっぴりの気づきや、ほんのちょっぴりの嬉しい出来事があったりするものです。
そういった、ほんのちょっぴりの「うれしさ」を、取りこぼすことのないように生きていきたいと思うわけです。

そんな、ほんのちょっぴりのことに「気づく」ために必要なスキルが、ボクは「テイスティング」のスキルなのだと考えているわけです。

とくに嗅覚は、昔から「鼻がきく」だとか言われるくらいに、目に見えない情報をキャッチする能力の表れなのだと考えています。

そんな「鼻がきく」人になるためには、どうしたらよいのか?という考え方が大切かと思うわけです。

書いていなかった!
自宅で寝落ちして、「ちゃんと寝ないと」と思ったときに、
「あれ?今日ブログ書いたっけ?」
と思いたった。

スマホでチェックしてみたら、書いてなかった....

いろいろとPCで書きものをしていたので、書いたとばかり思っていたのですが、こんな日もあるものです。

もう何年もブログを書き続けているので、とりあえず投稿しておこうと書きました。

いまテレビがついていたので、観ながらだったのですが、これがまた「良質なモノは繋がっているんだよなぁ」と思える番組をしていました。
これは、また明日のブログで書きましょう。

とりあえずの投稿でした。



 


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