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人のコメントから、学ぶ手法。
人のコメントというものは、とても参考になる情報だと考えています。
「これほど勉強になるものはない」くらい、とても重要なことなのです。

人のコメントは、その人が思っていることが言葉となって現れている情報ですので、そこに気づくことができれば、そこを意識することで、いろんなことが分かるようになるものです。

先日、コーヒーの国際審査員も務める業者さんへの質問から見えてきた世界観は、「酸味と甘さ」というキーワードでした。
とてもシンプルながら、とても奥の深いコメントで、今それをきちんと理解するために、フルーツを食べる際に「酸味」と「甘さ」を意識して食べています。

口の中で広がるフルーツの果汁から、そのフレーバーの情報の中の、どれが「酸味の情報」で、どれが「甘さの情報」であるのか?を分析するのです。
すると、フルーツによって酸味と甘さの情報の登場の仕方もちがうことにも気づきますし、どこまでが「酸味の情報」で、どこまでが「甘さの情報」であるのかが、徐々に見えるようになってきます。

このように、自分よりも上のレベルを感じ取れている人のコメントから、その人がどこをどう感じているのか?を推測して、それを自分のモノにするためには、どういったことをしなければならないのか?を考えて行動することで、徐々にその人の目線でモノが見えるようになってくるのです。

こういった目線で分析をしている人はとても少ないので、自分の目線だけでなく、人の目線でどう見ているのか?を探る分析はとても勉強になることを覚えておくと、何事にもこれは応用ができる考え方だと思っています。

ただし、ここでとても重要なポイントは、「自分よりも感覚のレベルが上の人」を見つけることがまずはとても大切です。
そして、見えているポイントを、きちんと「コメントすること」ができる人が重要です。
これらも、感覚が成長するにしたがって、「この人は感覚が良いなぁ」とひしひしと感じ取れるようになりますので、感覚を成長させながら、手本になる「先生」も一緒に探していけば、成長率も変わってくるものだとも思っているのです。

余白の美しさや、空間美。
今週の定休日に静岡県立美術館に「古代アンデス文明展」という個展をしているのをウチの相方が興味があるらしく、一緒に行くことになった。

火曜日に行ったのですが、意外と混んでいて、平日なのに人気があるんだなぁと思いながら、展示を見てまわりました。

人が多いこともありますが、相方と一緒に観てまわるのも疲れるので、自然と別々に好きなペースで観てまわっているとボクの方が早く観終わってしまい、別の展示をしていたので、そちらも観ることに。

別の個展は、19世紀の江戸画壇「対立と融和」というテーマで、ボクもよくわかっていないのですが、江戸狩野派と浮世絵という二大流派以外のスタイルは、谷文晁を核として収束しくらしいのですが、その各々の流派の流れを展示しているみたいでした。
ただ、ボクはそこら辺はよく解っていないので、観て「いいなぁ」と立ち止まれる絵というのが、どこに惹かれて立ち止まるんだろう?ということを観ていました。

すると、とある水墨画?で、立ち止まり「いいなぁ」と思えたのは、椿椿山(つばきちんざん)という画家の方の絵でした。
嗅覚が成長し、コーヒーの質がなんとなく理解できるようになってきてからは、絵画などの「バランス」とか、「空間美」というのでしょうか、なぜか余白と描かれている配置の妙が、なぜか惹かれるようになり、それが良いのか、悪いのかは自分の中の感覚ですので、よく分かりませんが、なぜか惹かれる絵とか、書があるのです。

そして、水墨画ですので、色は墨の濃淡なのですが、描かれている草の「動き」が感じるところにも惹かれました。
それを、後から来たウチの相方に伝えると、「そうなのよ。動きがあるんだよね。」と同じことを言っていたので、あながち間違っていないんだなぁと思いながら、その絵をしばらく観ていました。

昔、ラジオで「書の余白の美しさが好き」だという話を聞いたことがあり、その時は言っていることがよく分からなかったのですが、嗅覚の成長は他の五感も相乗的に引き上げてくれるという話があるので、仕事柄ですがボクのしていた嗅覚の育成が、他の感覚も押し上げてくれて、書や絵などの「余白の美しさ」などの美しさも感じ取れるようになってきたことが副産物ではあるのですが、嗅覚を育ててきてよかったなぁと思える瞬間なのです。

意外とこういう出来事がチラホラとあるので、人間の感覚ってすごいよなぁと思える瞬間でもあります。

「質」は情緒的な表情の感覚的な部分の理解。
先日(6/30)のブログに「フレーバーの情報をカテゴリ別に分類することが大切」だと書きました。

実は、これが最近のフレーバーのインプットにおける重要だと考えている「情報」で、そのまま「フレーバーの質」を読み取る際にも「ここ」を見ています。

ただし、質を読み取る際にはその「フレーバーをカテゴリ別に分類」した際の、情報の「情緒的な部分」がとても大切になります。

「フレーバーをカテゴリ別に分類」した情報は、色・粘着性・ボディ感となると考えておりますが、この「色・粘着性・ボディ感」の「情緒的な部分」が質の部分であるように考えています。

その情緒的な部分とは、明るさ・爽やかさ・華やかさ・艶やかさ・しっとりさ・透明さ、などと言う感覚的な部分ですが、そこの「情緒的な感覚」の部分が「質」が左右するポイントです。

表現力という意味だけが必要な場合は、フレーバーや香りのインプットのみで対応ができますが、品質を読み取る場合は、2種類以上のもので比較して、その「情緒的な感覚を覚えていく」ことが重要な要素となってきます。

そのためにも、まずは「フレーバーをカテゴリ別に分類」した情報の、「色・粘着性・ボディ感」を香りの情報の中から読み取れるようになる「嗅覚」が必要不可欠な感覚となりますので、そのためには何をしなくてはならないのか?
そこが、とても重要な要素となります。

今まで知らず知らずのうちに「自分の好み」しか求めていなかった選択肢の中に、「良質さという美味しさとは?」という選択肢が芽生えてくるかもしれませんので、「食の質の良さとは?」に興味がございましたら、お店に来店され説明を聞いてみると面白さが伝わるかもしれません。

当店で伝えている講座(コーヒー・テイスティングの基礎講座)では、その「そのためには何をしなくてはならないのか?」を伝えている講座ですので、興味がございましたらご参加ください。

テイスティングの学びは諦めない気持ちが大事。
明日は、ビオあつみエピスリー浜松店さんで行う、テイスティングの基礎講座の日となっています。

ビオあつみエピスリー浜松店さんで行う講座は、800円というとてもリーズナブルな価格にしています。
それにも実は理由がありまして、この基礎講座は、出来るだけ何回も受講していただきたいと考えているからです。

1回聞いただけでは、それほど多くのことを覚えることが出来ませんし、意外と「重要なこと」を聞き逃している場合が多いのです。
要は、人によって重要だと認識するポイントが異なっていたりするためです。

それを、何回も受講することで、「ここが、重要だったんだぁ」と気が付くことが出来ることに繋がると考えているためです。
ですので、興味を持っていただけた受講者の方たちには、出来たら何回も、何回も受講して、本当に重要だというポイントに気がついて貰いたいという思いがあるのです。

しかし、その重要だと思うポイントは、人の感覚のレベルによっても、異なるものですので、意外と難しいのです。
そして、本当に一歩ずつです。

なにか1つを受講して気づいたて理解したら、次回はまた異なるなにか1つに気づいて理解していく。
そんな繰り返しでしか、感覚の成長はありませんので、小さなひとつひとつの積み重ねで、徐々に見える景色が変わってくるという感じなのだと思っています。

ですので、きちんと理解するためには、もう根気しかありませんが、続けていけば、いろんな人の言っている意味が理解できてきますので、諦めずに続けていくことだと考えています。

そういうボクも、まだまだ勉強中なのです。
ボクも、一歩ずつ、諦めらいで、続けていくつもりです。

余韻を理解するためには。
ボクは、うちの相方から「もっと、余韻をみれるようになるといいね」とか言われて、「そんなに、余韻が見れていないのかな?」とか思いながら生活していたことを思い出す。

うちの相方は、ボクが認めているだけですが、生まれつき嗅覚が敏感な人で、それでいて「質に興味がある人」であるとボクは分析しています。

以外とボクよりも嗅覚が敏感な人というのは、今でもそこそこは居て、「ボクよりも繊細な香りの情報が見えているなぁ」と思う人は多いのですが、それなのに不思議と「もうちょっと質を見ればいいのに」と思うことのほうが多いのは、嗅覚が敏感な人であったとしても、「質」を読み取るためには学びが必要であるということを、今更ながら気づかされます。
なので、やはり感覚が良い人であったとしても、きちんと理解するためには「学びが必要」だということです。

そして、冒頭に書いたように「余韻がみれるようになる」と、いろんなことに気が付けるようになります。
コーヒーの場合の余韻は、コーヒーの液体を飲み込んだ後の「残り香」ですので、「余韻をみる」ということは、口に含んだコーヒーの液体を理解しつつ、そのままの流れの時間経過と共に変化をしている余韻をみれるということですので、「余韻をみる」ということは、全体がみれていないことには、きちんと余韻がみれないことに繋がります。

ですので、「余韻がみれるようになる」ということは、実はとてもハードルが高い感覚なのだということなのです。

なので「余韻をみること」がなかなか難しいのは、まずは口に含んだときの特徴が理解できていないことには、きちんと余韻がみれないということです。

目標として、「余韻を理解する」はとても難易度の高い目標だと思いますので、それを目標に据えることで、いろんなステップが見えてくることに繋がりますので、「余韻を理解する」を目標に掲げてるとよいかもしれません。

まずは、そのためには味覚的要素の「酸味を感じる場所」や「液体の粘度」から理解していくとよいかもしれません。

感覚の使い方を覚える。
徐々に、いろんな感覚の使い方が理解できるようになってきて思うことは、「見る視点」が大切なのだということです。

「見る視点」は、言い換えると「感覚の使い方」と言ってもよいのだと考えています。
感覚を切り替えて、「見る視点」を切り替えるのですが、ボクを含めほとんどの人は、生まれてから今までの人生を「偏った見方」で見ているので、見え方に「偏り」があるということなのです。

そこを学習することで、今までの見方とは違う見方を発見していくことで、新たな感覚で、美味しさが見えるようになるということだとボクは分析をしています。

例えば、口の中で広がる「フレーバーの立体感」は、フレーバーの広がりの輪郭を捉えることができなければ、フレーバーの広がりが立体的に広がっていることすら気がつかないことでしょう。
そして、そこにフレーバーの香りの「色の情報」が同時にキャッチできていれば、共通言語として「こういう色が見える」と会話が成り立つのです。

たぶんですが、この場合は、脳への働きかけとしては、フレーバーの「色の情報」と「香りの広がりや厚み」を読み取る情報は、使う脳がちがうので、感覚の切り替えが必要になります。

この脳への働きかけの、感覚の切り替えを、自分が意識した瞬間に切り替えるというコツを覚え、瞬時に切り替えれるようになることが大切です。

これは、普段から意識をして、まずはそれらが「見れるようになる」ことが大切で、口の中で広がる情報の分析が重要となるのです。

コーヒーの場合の評価項目を考えることで、どのような感覚が大切であるのかも理解できます。

COEの評価項目は、すべてで8項目。
・スイートネス(甘さ)
・アシディティ(酸味)
・マウスフィール(滑らかさ)
・フレーバー(風味)
・アフターテイスト(余韻)

・クリーンカップ(透明感)
・バランス(バランス)
*オーバーオール(個人的な好みの評価)

クリーンカップとバランスは、オーバーオールを除いた残りの5項目すべてにその質を問いかける項目でもあるので、その他の5項目の理解が重要となってきます。

それぞれの評価項目を理解するためには、感覚の使い方も覚えなければ、きちんと見えるようにはなりませんので、興味がございましたら、コーヒーテイスティングの基礎講座を受講してみると、今まで意識していなかった口内の意識の向け方に変化が現れることでしょう。

香りの捉え方の技術的な考え方。
ここ数日で思い出した「これかも?」という情報を思い出した。
それは、香りの「通し方」みたいなことなのかもしれない。ということです。

これだけ読むと、なんのことなんだか、さっぱり分かりませんが、繊細な香りの情報をキャッチするための「体の使い方」みたいなことです。

なぜ?それを思い出したのか?というと、ここ数週間でもう一段階上の繊細なフレーバーの捉え方が理解できてきた感じがあります。
それは、ボクのなかでは「色を感じるか感じないか」くらいの情報の繊細な香りで、実のところそれは「鼻腔への香りの通し方」=「体内から鼻腔への息の抜き方」みたいなことです。

国際審査員を勤める業者さんから教えてもらったことがあり、コーヒーのカッピングにおいて、「テイスティング・スプーンの使い方」ができるようになってきてから、「カッピングがちゃんと取れるようになった」という話を数人から聞いていたことを思い出したのです。

確かに、テイスティング・スプーンを使ったカッピングで勢い良くコーヒーを啜った場合には、フレーバーがくっきりと見えます。
それも、啜り方があり、勢いよく啜ったコーヒーを口内のどこに当てるのか?で見え方がちがいます。
その「当てる場所」=「啜り方」ということだと考えています。

ということは、テイスティング・スプーンを使って、フレーバーを見えやすくすることで、嗅覚の成長が早まるのかもしれないということです。
そして、テイスティング・スプーンを使わない場合には、スプーンを使ったときのように、フレーバーをキャッチしやすい「鼻腔への香りの通し方」があるように思うのです。

それは「体の使い方」のような気がしていますので、意識して「どういうふうに香りを鼻腔に通したほうが、より香りを鮮明に感じ取れるのか?」を探る必要があるということだと考えられます。

これは練習で身につけることのできる能力だと考えていますので、より香りをキャッチしやすい通し方を体が覚えるまで、意識してどのやり方が一番香りが鮮明に見えるのかを理解するしかないと考えられます。

たぶんこの考え方で、見え方の成長が変わってくることだと考えられます。

粘着性の香りとドライな香り。
先日、勉強熱心な常連さんに香りの持っている情報の説明をしたときのことでした。

ボクの勉強用のスパイスを使って、
こっちが「粘着性」が香りにあるでしょ?
こっちは「粘着性」が香りから感じないでしょ?
こっちはすこし「ザラつき」が感じますよね?
と2〜3種類のスパイスで説明をしました。

しかし、残念ながらその常連さんは「え?そうですか?」とまだ香りの情報のなかにある「粘着性」や「ザラつき」が見えていないようでした。

では、その香りの情報の「粘着性」や「ザラつき」を理解してもらうためには、どういう説明をしたらよいのかを考えています。
まずは、ボク自身がその「粘着性やザラつきの香りの分析」をして、その粘着性の香りやザラつきの香りの元が理解できていないことには、始まらないのではないのか?と考え、ここ数日そのスパイスから感じ取れる香りの情報を探っているのです。

現時点で理解できたことは、「粘着性のある香り」は、「甘い香りの情報」なのではないのか?ということです。
その甘い香りの元が、まっとりとした粘着性を感じさせてくれている感じを受けます。

そしてザラつきのある香りは、素材の香り(ハーブやスパイス:乾燥した葉や植物)です。
乾燥したハーブや、乾燥したスパイスで感じる「ザラつき」のある香りは、素材そのものの「植物が乾燥したという香り」なので、草や木や植物の乾燥した「ウッディ」な香りがすこし「ザラついて」いるように感じました。

そしてスパイスの香りで言えることは、香りは1種類ではないということです。
大きく分類したとしても、2〜3数種類以上の香りが折り重なって、そのスパイスの香りを作り出していますので、とりあえずは大きく分類した数種類の香りの元を理解する必要があると感じています。

あくまでもこれは個人的な理解するための学びですので、一般の学びとしては、「粘着性を感じる香り」とか「ザラつきのある香り」とかを理解すれは問題ありません。

そして、「粘着性を感じる香り」=「しっとりとしている(ウェット)」で、「ザラついている香り」=「ドライ(乾燥している)」という理解までは必要だと感じています。
コーヒーでは、「ドライな香り」は分析のなかに登場しますので、そこは理解が必要な範囲だと捉えています。

自分の感覚と向き合うことが、はじめの一歩。
昨日は、定休日だったのですが昨年知り合うことができた静岡市のコーヒー屋さんに顔を見せに行ってきました。
静岡という土地柄のお話や、コーヒー焙煎をずうっとされてきている方ですので、焙煎や焙煎機のお話をさせていただきました。
こういったお話から、また焙煎技術のヒントが生まれればと思っています。

そして、なかなか静岡には行く機会がないので、街をぶらぶらしてみたときのことです。
デパートのような複合施設を歩いたときのことです。

そういった複合施設では、いろんな香水やらアロマオイルやら、いろんなお店があるものですが、歩きながら「この香りは、ホワイトムスクだな」とか、あれ「アロマオイルのフローラルな香りに変わった」あれ、つぎは「桃のような香りに変わった」という具合に、いろんな香りの変化に追いつきながら理解している自分が居ることに気づきました。

これは、5〜6年前ではこれほどの理解がありませんでしたので、自分でも「成長したものだなぁ」と、しみじみと思っていると、最初はどのくらいまでしか理解できていなかったのだろう?とふと思い返し、昔のブログを読み返してみることにしました。

読み返していると昔の記憶がよみがえり「これ?なんの香りだろう?」とか、うちの相方が言う香りが「感じ取れていない」という自分が居たことを思い出しました。

そして、ある程度の嗅覚の感覚を持つ人が言う、「雨が降る前に、風にのって漂ってくる雨の気配の香り」や、「季節の移り変わりで感じる、風の中に花や植物の香りが混じる、季節の香り」の存在を、聞いてもその時点では理解できなかったのですが、徐々に感じ取れるようになったときの嬉しさを覚えています。

それらが理解できるようになった背景には、「今は感じとれていないけれど、それを感じとれている人がいるのだから、感じれるようになりたい」という想いからだったように考えています。

まずは、「それを理解できている人たちがいる」という存在を理解することが大切で、その次に「自分も感じとれるようになりたい」と思う気持ちが大事なんだと考えられます。

その想いがあれば、想像力を働かせて、自分が感じとれる境界線を意識できるようになってきます。
そうすれば、「今、見えている香りの分析」をしながら、「見えていない繊細な香り」を「探すトレーニング」をすることができるからです。

その積み重ねで、少しずつですが脳が理解をしていくんじゃないのかな?と考えています。
多くの人たちは、「今、感じている香りがすべて」だと考えている人が多いので、「自分が感じとれていない香りの存在」に目を向けることができるようになることがスタートだと考えています。
まずは、自分の感覚と向き合うことからが始まりなんだと思うのです。

伝える能力と技術。
昨年の春からお店の外でもテイスティングの基礎講座をさせていただくようになって、毎月お話をさせていただいているのですが、1年間続けてくると、ボク自身の理解度も上がってきていることに気づきます。

個人的には、ボクの能力は、「分からなかった自分がだんだんと分かるようになったことで、どうしたらそれが分かるようになったのか?」を知っていることだと思っています。
なので、「人にそれを教えることができる」という能力なのだと考えています。

それを踏まえて考えてみると、どうやら「順序というものがある」のだと理解できてきました。
より効率の良い順序というものがあって、順序を間違えて学ぶと理解のスピードが遅くなると考えられるのです。

これも、同じような講座を繰り返し行ったことで気がついたことで、要は「口の使い方(体の使い方)」などもその理解に含まれるということです。

これからは、そういった「順序」なども考えて、「どうしたら、分かるようになるのか?」を伝えていきたいと考えています。

それには、論理や理論、そして比較することからの「気づき」から、自分の中に基準を作っていくという作業の繰り返しで、理解していくということなのだと考えています。

いずれにしても「きちんと理解」するのには時間が必要になりますので、「そういった能力が欲しい」と心から思う人でないと身につかない能力だということは言えるでしょう。



 


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