CALENDAR
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
<<前月 2019年06月 次月>>
NEW ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
LINK
PROFILE
OTHER

余韻を理解するためには。
ボクは、うちの相方から「もっと、余韻をみれるようになるといいね」とか言われて、「そんなに、余韻が見れていないのかな?」とか思いながら生活していたことを思い出す。

うちの相方は、ボクが認めているだけですが、生まれつき嗅覚が敏感な人で、それでいて「質に興味がある人」であるとボクは分析しています。

以外とボクよりも嗅覚が敏感な人というのは、今でもそこそこは居て、「ボクよりも繊細な香りの情報が見えているなぁ」と思う人は多いのですが、それなのに不思議と「もうちょっと質を見ればいいのに」と思うことのほうが多いのは、嗅覚が敏感な人であったとしても、「質」を読み取るためには学びが必要であるということを、今更ながら気づかされます。
なので、やはり感覚が良い人であったとしても、きちんと理解するためには「学びが必要」だということです。

そして、冒頭に書いたように「余韻がみれるようになる」と、いろんなことに気が付けるようになります。
コーヒーの場合の余韻は、コーヒーの液体を飲み込んだ後の「残り香」ですので、「余韻をみる」ということは、口に含んだコーヒーの液体を理解しつつ、そのままの流れの時間経過と共に変化をしている余韻をみれるということですので、「余韻をみる」ということは、全体がみれていないことには、きちんと余韻がみれないことに繋がります。

ですので、「余韻がみれるようになる」ということは、実はとてもハードルが高い感覚なのだということなのです。

なので「余韻をみること」がなかなか難しいのは、まずは口に含んだときの特徴が理解できていないことには、きちんと余韻がみれないということです。

目標として、「余韻を理解する」はとても難易度の高い目標だと思いますので、それを目標に据えることで、いろんなステップが見えてくることに繋がりますので、「余韻を理解する」を目標に掲げてるとよいかもしれません。

まずは、そのためには味覚的要素の「酸味を感じる場所」や「液体の粘度」から理解していくとよいかもしれません。

感覚の使い方を覚える。
徐々に、いろんな感覚の使い方が理解できるようになってきて思うことは、「見る視点」が大切なのだということです。

「見る視点」は、言い換えると「感覚の使い方」と言ってもよいのだと考えています。
感覚を切り替えて、「見る視点」を切り替えるのですが、ボクを含めほとんどの人は、生まれてから今までの人生を「偏った見方」で見ているので、見え方に「偏り」があるということなのです。

そこを学習することで、今までの見方とは違う見方を発見していくことで、新たな感覚で、美味しさが見えるようになるということだとボクは分析をしています。

例えば、口の中で広がる「フレーバーの立体感」は、フレーバーの広がりの輪郭を捉えることができなければ、フレーバーの広がりが立体的に広がっていることすら気がつかないことでしょう。
そして、そこにフレーバーの香りの「色の情報」が同時にキャッチできていれば、共通言語として「こういう色が見える」と会話が成り立つのです。

たぶんですが、この場合は、脳への働きかけとしては、フレーバーの「色の情報」と「香りの広がりや厚み」を読み取る情報は、使う脳がちがうので、感覚の切り替えが必要になります。

この脳への働きかけの、感覚の切り替えを、自分が意識した瞬間に切り替えるというコツを覚え、瞬時に切り替えれるようになることが大切です。

これは、普段から意識をして、まずはそれらが「見れるようになる」ことが大切で、口の中で広がる情報の分析が重要となるのです。

コーヒーの場合の評価項目を考えることで、どのような感覚が大切であるのかも理解できます。

COEの評価項目は、すべてで8項目。
・スイートネス(甘さ)
・アシディティ(酸味)
・マウスフィール(滑らかさ)
・フレーバー(風味)
・アフターテイスト(余韻)

・クリーンカップ(透明感)
・バランス(バランス)
*オーバーオール(個人的な好みの評価)

クリーンカップとバランスは、オーバーオールを除いた残りの5項目すべてにその質を問いかける項目でもあるので、その他の5項目の理解が重要となってきます。

それぞれの評価項目を理解するためには、感覚の使い方も覚えなければ、きちんと見えるようにはなりませんので、興味がございましたら、コーヒーテイスティングの基礎講座を受講してみると、今まで意識していなかった口内の意識の向け方に変化が現れることでしょう。

香りの捉え方の技術的な考え方。
ここ数日で思い出した「これかも?」という情報を思い出した。
それは、香りの「通し方」みたいなことなのかもしれない。ということです。

これだけ読むと、なんのことなんだか、さっぱり分かりませんが、繊細な香りの情報をキャッチするための「体の使い方」みたいなことです。

なぜ?それを思い出したのか?というと、ここ数週間でもう一段階上の繊細なフレーバーの捉え方が理解できてきた感じがあります。
それは、ボクのなかでは「色を感じるか感じないか」くらいの情報の繊細な香りで、実のところそれは「鼻腔への香りの通し方」=「体内から鼻腔への息の抜き方」みたいなことです。

国際審査員を勤める業者さんから教えてもらったことがあり、コーヒーのカッピングにおいて、「テイスティング・スプーンの使い方」ができるようになってきてから、「カッピングがちゃんと取れるようになった」という話を数人から聞いていたことを思い出したのです。

確かに、テイスティング・スプーンを使ったカッピングで勢い良くコーヒーを啜った場合には、フレーバーがくっきりと見えます。
それも、啜り方があり、勢いよく啜ったコーヒーを口内のどこに当てるのか?で見え方がちがいます。
その「当てる場所」=「啜り方」ということだと考えています。

ということは、テイスティング・スプーンを使って、フレーバーを見えやすくすることで、嗅覚の成長が早まるのかもしれないということです。
そして、テイスティング・スプーンを使わない場合には、スプーンを使ったときのように、フレーバーをキャッチしやすい「鼻腔への香りの通し方」があるように思うのです。

それは「体の使い方」のような気がしていますので、意識して「どういうふうに香りを鼻腔に通したほうが、より香りを鮮明に感じ取れるのか?」を探る必要があるということだと考えられます。

これは練習で身につけることのできる能力だと考えていますので、より香りをキャッチしやすい通し方を体が覚えるまで、意識してどのやり方が一番香りが鮮明に見えるのかを理解するしかないと考えられます。

たぶんこの考え方で、見え方の成長が変わってくることだと考えられます。

粘着性の香りとドライな香り。
先日、勉強熱心な常連さんに香りの持っている情報の説明をしたときのことでした。

ボクの勉強用のスパイスを使って、
こっちが「粘着性」が香りにあるでしょ?
こっちは「粘着性」が香りから感じないでしょ?
こっちはすこし「ザラつき」が感じますよね?
と2〜3種類のスパイスで説明をしました。

しかし、残念ながらその常連さんは「え?そうですか?」とまだ香りの情報のなかにある「粘着性」や「ザラつき」が見えていないようでした。

では、その香りの情報の「粘着性」や「ザラつき」を理解してもらうためには、どういう説明をしたらよいのかを考えています。
まずは、ボク自身がその「粘着性やザラつきの香りの分析」をして、その粘着性の香りやザラつきの香りの元が理解できていないことには、始まらないのではないのか?と考え、ここ数日そのスパイスから感じ取れる香りの情報を探っているのです。

現時点で理解できたことは、「粘着性のある香り」は、「甘い香りの情報」なのではないのか?ということです。
その甘い香りの元が、まっとりとした粘着性を感じさせてくれている感じを受けます。

そしてザラつきのある香りは、素材の香り(ハーブやスパイス:乾燥した葉や植物)です。
乾燥したハーブや、乾燥したスパイスで感じる「ザラつき」のある香りは、素材そのものの「植物が乾燥したという香り」なので、草や木や植物の乾燥した「ウッディ」な香りがすこし「ザラついて」いるように感じました。

そしてスパイスの香りで言えることは、香りは1種類ではないということです。
大きく分類したとしても、2〜3数種類以上の香りが折り重なって、そのスパイスの香りを作り出していますので、とりあえずは大きく分類した数種類の香りの元を理解する必要があると感じています。

あくまでもこれは個人的な理解するための学びですので、一般の学びとしては、「粘着性を感じる香り」とか「ザラつきのある香り」とかを理解すれは問題ありません。

そして、「粘着性を感じる香り」=「しっとりとしている(ウェット)」で、「ザラついている香り」=「ドライ(乾燥している)」という理解までは必要だと感じています。
コーヒーでは、「ドライな香り」は分析のなかに登場しますので、そこは理解が必要な範囲だと捉えています。

自分の感覚と向き合うことが、はじめの一歩。
昨日は、定休日だったのですが昨年知り合うことができた静岡市のコーヒー屋さんに顔を見せに行ってきました。
静岡という土地柄のお話や、コーヒー焙煎をずうっとされてきている方ですので、焙煎や焙煎機のお話をさせていただきました。
こういったお話から、また焙煎技術のヒントが生まれればと思っています。

そして、なかなか静岡には行く機会がないので、街をぶらぶらしてみたときのことです。
デパートのような複合施設を歩いたときのことです。

そういった複合施設では、いろんな香水やらアロマオイルやら、いろんなお店があるものですが、歩きながら「この香りは、ホワイトムスクだな」とか、あれ「アロマオイルのフローラルな香りに変わった」あれ、つぎは「桃のような香りに変わった」という具合に、いろんな香りの変化に追いつきながら理解している自分が居ることに気づきました。

これは、5〜6年前ではこれほどの理解がありませんでしたので、自分でも「成長したものだなぁ」と、しみじみと思っていると、最初はどのくらいまでしか理解できていなかったのだろう?とふと思い返し、昔のブログを読み返してみることにしました。

読み返していると昔の記憶がよみがえり「これ?なんの香りだろう?」とか、うちの相方が言う香りが「感じ取れていない」という自分が居たことを思い出しました。

そして、ある程度の嗅覚の感覚を持つ人が言う、「雨が降る前に、風にのって漂ってくる雨の気配の香り」や、「季節の移り変わりで感じる、風の中に花や植物の香りが混じる、季節の香り」の存在を、聞いてもその時点では理解できなかったのですが、徐々に感じ取れるようになったときの嬉しさを覚えています。

それらが理解できるようになった背景には、「今は感じとれていないけれど、それを感じとれている人がいるのだから、感じれるようになりたい」という想いからだったように考えています。

まずは、「それを理解できている人たちがいる」という存在を理解することが大切で、その次に「自分も感じとれるようになりたい」と思う気持ちが大事なんだと考えられます。

その想いがあれば、想像力を働かせて、自分が感じとれる境界線を意識できるようになってきます。
そうすれば、「今、見えている香りの分析」をしながら、「見えていない繊細な香り」を「探すトレーニング」をすることができるからです。

その積み重ねで、少しずつですが脳が理解をしていくんじゃないのかな?と考えています。
多くの人たちは、「今、感じている香りがすべて」だと考えている人が多いので、「自分が感じとれていない香りの存在」に目を向けることができるようになることがスタートだと考えています。
まずは、自分の感覚と向き合うことからが始まりなんだと思うのです。

伝える能力と技術。
昨年の春からお店の外でもテイスティングの基礎講座をさせていただくようになって、毎月お話をさせていただいているのですが、1年間続けてくると、ボク自身の理解度も上がってきていることに気づきます。

個人的には、ボクの能力は、「分からなかった自分がだんだんと分かるようになったことで、どうしたらそれが分かるようになったのか?」を知っていることだと思っています。
なので、「人にそれを教えることができる」という能力なのだと考えています。

それを踏まえて考えてみると、どうやら「順序というものがある」のだと理解できてきました。
より効率の良い順序というものがあって、順序を間違えて学ぶと理解のスピードが遅くなると考えられるのです。

これも、同じような講座を繰り返し行ったことで気がついたことで、要は「口の使い方(体の使い方)」などもその理解に含まれるということです。

これからは、そういった「順序」なども考えて、「どうしたら、分かるようになるのか?」を伝えていきたいと考えています。

それには、論理や理論、そして比較することからの「気づき」から、自分の中に基準を作っていくという作業の繰り返しで、理解していくということなのだと考えています。

いずれにしても「きちんと理解」するのには時間が必要になりますので、「そういった能力が欲しい」と心から思う人でないと身につかない能力だということは言えるでしょう。

クリーンカップの初級編の理解。
最近、当店のドリップバッグのコーヒーの美味しく淹れる方法に気がついた。

それは、カップのふちに「ドリップバッグの紙製のフック」をかけるのですが、お湯を注いだ時に、その「紙のフック」が浸る位置までお湯を注いでしまうと、「紙製のフック」の「紙の味」がカップの中のコーヒーの液体にも付いてしまいます。
ですので、時間がかかってしまいますが、その「紙製のフック」までお湯が浸らないように小まめに抽出をされると結構できあがりのコーヒーがちがいますので、お試しください。

これは、出先や自宅でドリップバッグを飲むときに、フィルターは不織布なのに、なんで「紙の味」が出るんだろう?と思い、「もしや?」と思ってそういう抽出をしたところ美味しかったことがきっかけでした。

当店に初めてコーヒー豆をお買い求めされるお客さまの99%ほどが「ペーパーフィルター」を使用していることからも、「紙の味」には寛容であることが伺えますが、テイスティングで繊細な風味が理解できるようになると、「紙の風味」にはとても「違和感」を感じるものです。

テイスティングの基本は「香のインプット」ですので、しっかりと「紙の香り」がインプットできていれば、コーヒーの中に含まれる「紙の香り」も分析できるようになりますので、その「違和感」に気が付けるようになると、その「違和感」が無いという美味しさは、「代えがたい美味しさ」であることが理解できるようになることでしょう。

実のところ、昔のボクはその「紙の香り」の違和感は理解できておりませんでしたが、トレーニングによって今ではそれを明確に理解できるようになりました。
それが理解できるようになったことで、「昔はこれがわかってなかったんだなぁ」と、その違和感を感じながらしみじみと思うときがあるのです。

そこが理解できるようになると、その「違和感の無い」という美味しさに気づけるようになります。
クリーンカップの理解は、その延長線上にあるものですので、きちんとクリーンカップを理解するためにも、「違和感」をきちんと理解する必要があるということなのです。

テイスティングで「表現」するためには。
昨日は、定休日でしたがビオあつみエピスリー浜松店にて「テイスティングの基礎講座」をさせていただきました。

この基礎講座は、「感覚(嗅覚)を育成させるための知識」と「比較することで自分自身の中に基準を作る」という、テイスティングの基礎を教える講座となっています。

テイスティングは、「表現力」だと思っている人が多いことだと思いますが、「表現力」の延長線上にあるものが「良質さを理解する」という品質を見るという感覚であると考えています。

この講座を受講される受講者のほとんどの人たちも「表現力」を身に付けたいという人が多いことからも、それが伺えますが、まずは「表現力」から取り組んでもらえればと思います。

そのためには、まずは「繊細な香りの情報」がキャッチできるようになることが必須項目であることを伝えています。
より繊細な香りの情報が見えて初めて「具体的なコメント」ができるようになるからです。

ですので、まずは口の中の「フレーバーの情報」が分析できるようになることが最低条件となってきます。
そのためには、フレーバーを立体的に捉えれることが大事ですので、口の中で感じている「フレーバー」の情報を立体的に捉えるという「捉え方」を教えています。

そのためには、「味覚の酸味をどこで感じているのか?」がまずは大事です。
すると、酸味が語れるようになります。
コーヒーの場合ですと、「シトリック(柑橘の酸)」「マリック(リンゴ酸)」「タータリック(酒石酸)」の3つのコーヒーで主に感じる酸を理解することが大切です。
その他に「ベリーの酸」も覚えれば4つの酸の質のコメントができるようになりますので、まずはその4つの酸を理解してみましょう。

その次に、フレーバーの色の情報が理解できることが必要になります。
より明確にコメントするためには、その酸の特徴であったり、フレーバーの色の情報が見えることで、より明確にコメントできるようになってくるからです。

まずは、最低限そこまで感覚が成長すれば「表現力」は簡単に身につきますので、それまではがんばってトレーニングをし続ければ、口に中で広がる「フレーバー」のコメントはできるようになることでしょう。

厄介な「思い込み」から解き放たれるためには?
昨年から、お店の外でも「講座」を積極的にしていこうと考え、昨日も定休日を利用して全3回の講座を終えました。
当店は、「スペシャルティコーヒー専門店」ですので、スペシャルティコーヒーの楽しみ方を、「その違い」や、「淹れ方」、コーヒーをもう少し深く楽しむための「テイスティングの基礎」の3回講座をさせていただきました。

そこでの気づきなのですが、人は「思い込み」が美味しさを左右しているということに改めて気づかされました。
そして、たぶんですが、それを「本人が気づいていない」ということも「思い込み」の厄介なところなのだということです。

ボク自身も講座の中で「思い込み」が「質を見る上で、とても厄介な感覚」ですので、思い込まずに、「感じることが大切ですよ」と話しているのですが、きっと「自分が思い込んでいる」ということにすら気づかないという症状こそが厄介なのだということに気づきました。

では、その「思い込み」に気づくためには、どういう気づきが必要なのか?ということです。
そこには、人の「行動」を観察して、「なぜ?」を意識するしかないような気がしています。

「なぜ?」あの人は、「そういう飲み方をしているのだろう?」とか、
「なぜ?」あの人は、「そういうコメントをしたのだろう?」とか、
「なぜ?」あの人は、「マズそうな表情をしているのだろう?」とか。
そういった「なぜ?」の疑問は、自分とは異なる「行動」をしている人に向けられることに気がつくことでしょう。

そう。自分とは異なる「行動」には、その意味や意図が見えていないからなのです。
そこに、気がつき、そして「気づく」ことで、自分の中の「思い込み」が絶対的ではないということに気づくことに繋がるものなのだと考えられます。

「思い込み」は、自分の中では「絶対的」な優先順位がありますので、そこを取り払うことから、「思い込み」が緩和されて、その他も「見てみよう」という発想になってくるものであると考えています。

ですので、まずは人の「行動」を観察することから、自分とは異なる「行動」に気がつき、そこを「なぜなんだろう?」と考えれることが、大切なのだと考えらるのです。

「何か、ちがうかも?」は、自分の考え方の反対のことなのかも?
「何か、ちがう。」
に気がつくことが大切なんだと、ボクは考えています。

大きなちがいならば、ほとんどの人たちが気がつくのですが、「繊細なちがい」は気がつく人がとても少ない。
質の良さというものは、その「繊細な部分のちがい」だったりするので、そこに「好み」が入り込む余地があったりするのだと考えています。

当店では、喫茶コーナーで「ミルク&砂糖」の提供がありません。
そこにも、「何か、ちがう。」に気がついて貰いたいと思い、そういう運営にしているのですが、普段から「ミルクや砂糖を入れて飲む人」は、「ミルクと砂糖」が無いことで、当店でコーヒーを飲むこともないまま帰ってしまう人たちも意外と多いです。

しかし、気がつく人は、「なんで、ミルクと砂糖が無いんだろう?」と考えてくれて「飲んでみよう」と思ってくれます。
でも、たぶん帰ってしまう人は、「変なこだわり持ちやがって」とか「ミルクと砂糖が無いと飲めない人も居るのに」と思うのでしょうか。

そこの受け取り方がちがうだけで、「もしかしたら?」「ミルク&砂糖を入れなくても、美味しく飲めるのかも?」と、一般的に知っているコーヒーとは「もしかしたら、ちがうのかも?」と考えることができたとしたなら、「試してみる価値」はあるのかもと考えることができるはずです。

「何か、ちがう。」
に気が付ける人は、いろんな情報から、いろんなことを読み取ることができる能力なのだと思うのです。

その「いろんな情報」は、文字や文章であったり、空間のたたずまいであったり、漂う香りであったり、五感で感じ取れる情報なのだと思っています。
その些細な、情報から感じ取って、検証してみるというのが、商品選びであったりお店選びであったりするものなのだと思うのです。

「何か、ちがう。」
は感動できる出会いとの可能性でもあると思っているので、「何か、ちがう。」を感じ取れるように意識をしていることが良い出会いを導き寄せてくれることに繋がるものであると考えています。
それには、自分の考え方の反対のことも少し考えてみるといいのかもしれませんよね。



 


|  当店のご案内  |  FAQ  |  特定商取引について  |  プライバシーポリシー  |  お問合せ  |