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余白の美しさや、空間美。
今週の定休日に静岡県立美術館に「古代アンデス文明展」という個展をしているのをウチの相方が興味があるらしく、一緒に行くことになった。

火曜日に行ったのですが、意外と混んでいて、平日なのに人気があるんだなぁと思いながら、展示を見てまわりました。

人が多いこともありますが、相方と一緒に観てまわるのも疲れるので、自然と別々に好きなペースで観てまわっているとボクの方が早く観終わってしまい、別の展示をしていたので、そちらも観ることに。

別の個展は、19世紀の江戸画壇「対立と融和」というテーマで、ボクもよくわかっていないのですが、江戸狩野派と浮世絵という二大流派以外のスタイルは、谷文晁を核として収束しくらしいのですが、その各々の流派の流れを展示しているみたいでした。
ただ、ボクはそこら辺はよく解っていないので、観て「いいなぁ」と立ち止まれる絵というのが、どこに惹かれて立ち止まるんだろう?ということを観ていました。

すると、とある水墨画?で、立ち止まり「いいなぁ」と思えたのは、椿椿山(つばきちんざん)という画家の方の絵でした。
嗅覚が成長し、コーヒーの質がなんとなく理解できるようになってきてからは、絵画などの「バランス」とか、「空間美」というのでしょうか、なぜか余白と描かれている配置の妙が、なぜか惹かれるようになり、それが良いのか、悪いのかは自分の中の感覚ですので、よく分かりませんが、なぜか惹かれる絵とか、書があるのです。

そして、水墨画ですので、色は墨の濃淡なのですが、描かれている草の「動き」が感じるところにも惹かれました。
それを、後から来たウチの相方に伝えると、「そうなのよ。動きがあるんだよね。」と同じことを言っていたので、あながち間違っていないんだなぁと思いながら、その絵をしばらく観ていました。

昔、ラジオで「書の余白の美しさが好き」だという話を聞いたことがあり、その時は言っていることがよく分からなかったのですが、嗅覚の成長は他の五感も相乗的に引き上げてくれるという話があるので、仕事柄ですがボクのしていた嗅覚の育成が、他の感覚も押し上げてくれて、書や絵などの「余白の美しさ」などの美しさも感じ取れるようになってきたことが副産物ではあるのですが、嗅覚を育ててきてよかったなぁと思える瞬間なのです。

意外とこういう出来事がチラホラとあるので、人間の感覚ってすごいよなぁと思える瞬間でもあります。

 


 


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