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「こだわり」は「囚われる」と同じ意味合い。
先日、「囚われる」ことで「見えなくなる」ということを書きました。
実のところ、この「囚われる」という現象は、言葉を置き換えると「こだわる」ということとイコールになります。

よくテレビや雑誌で、「こだわり」が凄くて素晴らしいなどと表現されている現象を耳にすると、現代の一般的な意味合いでは「こだわり」という表現はとてもポジティブに聞こえます。

ですが、モノ作りのボクの感覚では、「こだわり」=「囚われる」は本質からは外れてしまう感覚となりますので、とてもネガティブな印象を持っています。

出来るだけ「囚われない」ようにするためには、どうすれば良いのかを考えますし、「囚われない」という意識はどのように俯瞰すれば良いのかを考えたりします。
それくらい、囚われない心の持ちようは、とても難しさがあるという考えを持っています。

ですが、一般の人は「こだわり」を持った方が良いものが作れるという認識ですので、もう出発点が真逆だったりします。
本質を追求しようと考えている人たちは、避けても通れないのが「囚われる」=「こだわる」というところだったりするからです。

同じ言葉でも、人によってはその認識は真逆の意味合いだとする。
ここに、難しさがあるということです。

では、本質という美味しさはなんなのか?
ここが意味するところというのも、人によっては真逆が存在しているということです。
ただ単に「美味しさ」だけでしたら、人それぞれの主観ですので、「人によって」が有りな価値観となりますが、「本質の美味しさ」という表現だと、一気にとても難しくなるということです。

そのためにも、言葉の持つ意味合いの本質も理解しなければならないとボクは考えている訳なのです。

 


 


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