CALENDAR
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
<<前月 2019年12月 次月>>
NEW ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
LINK
PROFILE
OTHER
 

「分からない幸せ」と「分かることの幸せ」。
食に関してなのですが、「分からない幸せ」と「分かることの幸せ」と2つの幸せがあるのだと考えています。

「分からない幸せ」は、これは昔のボクだというところでしょうか。
味覚寄りの感覚で、嗅覚は強いフレーバーしかキャッチできなかった頃のボクでは、素材の良し悪しのフレーバーも強い香りのレベルしか判断ができていなかったので、良い香りも嫌な香りも強いレベルのものしか判断ができないので、味覚よりの味付けのバランスなどの美味しさを判断していたように思っています。
これは、繊細な香りは「良いのか?悪いのか?」も理解できていないので、素材の質が劣る食材であったとしても美味しく感じ、「なんでも美味しく食べれる」という幸せ感があるものです。

「分かることの幸せ」は、より繊細なフレーバーの香りの情報が読み取れることで、香りの情報が分析できることから、「素材の良し悪し」や、それを作っている「人の良し悪し」なども分かってしまいますが、なぜこの料理人はこの食材をこのように調理したのか?などの理由も、なんとなく理解できてしまう能力でもあります。
こちらは、学習をした現在のボクというところだと考えています。

素材の良し悪しが理解できるので、口に含んだ食材の品質に対して気が付かずに通り過ぎてしまうことは無く、良いものであっても、悪いものであったとしても気づいてしまうという難点があるのですが、良質なものはキチンとその良さが理解できますので、より「うっとり」とその素材の良さを堪能することができることがメリットだと考えています。

逆に、「分からない幸せ」は、品質の劣る理解もキチンと理解できないことから「なんでも美味しく食べられる」という幸せがあるのですが、品質の良さの繊細な部分はキャッチできづらいので、「言われなかったら気づかない」という場合があり、意外と見落としてしまう場合があるのです。

これは、どちらを選択するのかは、それを理解したいという本人の意思しかありませんので、自分の人生において「どちらを選択するか」は、本人が決めることしかないということです。

ただし、「分かることの幸せ」を選んだ場合は、やはり学習しなければ理解できるようにはなりませんので、キチンとした先生を見つけ、その先生から学ぶことでしか学習できませんので、自分に合う先生を見つけることから始めることが大切です。

 


 


|  当店のご案内  |  FAQ  |  特定商取引について  |  プライバシーポリシー  |  お問合せ  |