余韻を理解するためには。
ボクは、うちの相方から「もっと、余韻をみれるようになるといいね」とか言われて、「そんなに、余韻が見れていないのかな?」とか思いながら生活していたことを思い出す。

うちの相方は、ボクが認めているだけですが、生まれつき嗅覚が敏感な人で、それでいて「質に興味がある人」であるとボクは分析しています。

以外とボクよりも嗅覚が敏感な人というのは、今でもそこそこは居て、「ボクよりも繊細な香りの情報が見えているなぁ」と思う人は多いのですが、それなのに不思議と「もうちょっと質を見ればいいのに」と思うことのほうが多いのは、嗅覚が敏感な人であったとしても、「質」を読み取るためには学びが必要であるということを、今更ながら気づかされます。
なので、やはり感覚が良い人であったとしても、きちんと理解するためには「学びが必要」だということです。

そして、冒頭に書いたように「余韻がみれるようになる」と、いろんなことに気が付けるようになります。
コーヒーの場合の余韻は、コーヒーの液体を飲み込んだ後の「残り香」ですので、「余韻をみる」ということは、口に含んだコーヒーの液体を理解しつつ、そのままの流れの時間経過と共に変化をしている余韻をみれるということですので、「余韻をみる」ということは、全体がみれていないことには、きちんと余韻がみれないことに繋がります。

ですので、「余韻がみれるようになる」ということは、実はとてもハードルが高い感覚なのだということなのです。

なので「余韻をみること」がなかなか難しいのは、まずは口に含んだときの特徴が理解できていないことには、きちんと余韻がみれないということです。

目標として、「余韻を理解する」はとても難易度の高い目標だと思いますので、それを目標に据えることで、いろんなステップが見えてくることに繋がりますので、「余韻を理解する」を目標に掲げてるとよいかもしれません。

まずは、そのためには味覚的要素の「酸味を感じる場所」や「液体の粘度」から理解していくとよいかもしれません。

コーヒー焙煎の技術の成長のためには。
コーヒー焙煎の仕事は、実際にコーヒーを焙煎して、そのコーヒーをカッピングしたときに、「口に中に広がる情景」を見て、焙煎のネガティブな情報を、次回の焙煎ではポジティブな情報に変化するという仕事なのです。

その場合に、求められることは、まずは「きちんとカッピングが出来る」という技術が必要になります。
口の中に広がっている情景から、「焙煎によるネガティブさ」と「焙煎によるポジティブさ」が理解できない限り、次の焙煎でのイメージができないからです。

その次の技術としては、「焙煎によるネガティブな情報」が、「焙煎の設定のどこであるのか?」が理解できていないことには、次の焙煎での設定をピンポイントで変更することができませんので、焙煎技術としては、カッピングした口の中で広がる情景から、気に入らない味わいや風味の情報が、焙煎の設定のどこであるのかを理解できていて、初めて焙煎でポジティブな印象の味づくりができるようになるということです。

ですので、焙煎したコーヒーをカッピングする際には、焙煎記録を見ながら、できれば同じコーヒー豆を、焙煎日が異なるもので比較することで、焙煎の設定の場所とコーヒーの風味の場所が「どこ」なのかが、すこしずつ理解できていきます。

そうした長年の積み重ねで、カッピングしたコーヒーの味わいから、次に焙煎するイメージと焙煎の設定の変更箇所が見えてくるようになるということです。

そして、技術としましては、未だまだ見ぬ「設定」がある可能性があります。
それは、自分の頭のなかには無い、論理の焙煎手法ということですので、偶然や失敗からしか得ることがない情報であったりします。

もしかしたら、他人は知っていて、その手法を用いている可能性もあるので、ある程度焙煎の論理をきちんと持つくらいまで感覚が成長したのであれば、きになるお店に出向き、コーヒーを飲んでみると自分の知らない技術に気がつく可能性があります。

そんなことの繰り返しでしか、焙煎の技術の成長はなかなかありえませんので、地味で地道な作業の繰り返しですが、それをきちんと出来ているか否かで、成長率が変わってくるものだと考えているのです。

感覚の使い方を覚える。
徐々に、いろんな感覚の使い方が理解できるようになってきて思うことは、「見る視点」が大切なのだということです。

「見る視点」は、言い換えると「感覚の使い方」と言ってもよいのだと考えています。
感覚を切り替えて、「見る視点」を切り替えるのですが、ボクを含めほとんどの人は、生まれてから今までの人生を「偏った見方」で見ているので、見え方に「偏り」があるということなのです。

そこを学習することで、今までの見方とは違う見方を発見していくことで、新たな感覚で、美味しさが見えるようになるということだとボクは分析をしています。

例えば、口の中で広がる「フレーバーの立体感」は、フレーバーの広がりの輪郭を捉えることができなければ、フレーバーの広がりが立体的に広がっていることすら気がつかないことでしょう。
そして、そこにフレーバーの香りの「色の情報」が同時にキャッチできていれば、共通言語として「こういう色が見える」と会話が成り立つのです。

たぶんですが、この場合は、脳への働きかけとしては、フレーバーの「色の情報」と「香りの広がりや厚み」を読み取る情報は、使う脳がちがうので、感覚の切り替えが必要になります。

この脳への働きかけの、感覚の切り替えを、自分が意識した瞬間に切り替えるというコツを覚え、瞬時に切り替えれるようになることが大切です。

これは、普段から意識をして、まずはそれらが「見れるようになる」ことが大切で、口の中で広がる情報の分析が重要となるのです。

コーヒーの場合の評価項目を考えることで、どのような感覚が大切であるのかも理解できます。

COEの評価項目は、すべてで8項目。
・スイートネス(甘さ)
・アシディティ(酸味)
・マウスフィール(滑らかさ)
・フレーバー(風味)
・アフターテイスト(余韻)

・クリーンカップ(透明感)
・バランス(バランス)
*オーバーオール(個人的な好みの評価)

クリーンカップとバランスは、オーバーオールを除いた残りの5項目すべてにその質を問いかける項目でもあるので、その他の5項目の理解が重要となってきます。

それぞれの評価項目を理解するためには、感覚の使い方も覚えなければ、きちんと見えるようにはなりませんので、興味がございましたら、コーヒーテイスティングの基礎講座を受講してみると、今まで意識していなかった口内の意識の向け方に変化が現れることでしょう。

アウトプットする場合を考えてインプットをする。
昨日は、定休日を利用した「ビオあつみエピスリー浜松店」での「テイスティングの基礎講座」でした。

昨日の受講者はリピーターが多かったので、ちょっと通常の講座よりは脱線した内容で、より「分析力」を養うための意識の向け方を話させていただいきました。

ですので、初めて来られた方に話しを伺うと、「こんなに専門的だとは思っていないくて・・・」と戸惑っておられました。
申し訳ありませんでした。

通常だと、もう少し理解しやすい内容にして話しているのですが、たまには「もう一歩踏み込んで」も何回か来ている人たちには面白いかなと思い、そうさせていただいたのです。

基本的には、嗅覚の育成に必要なことは「香りのインプット」なのですが、フレーバーのインプットを考えた場合だと、フレーバーは「味覚の情報」+「嗅覚の情報」ですので、味覚の情報でもある「粘着性」と「酸味を感じる場所」という味覚の情報+「香りの情報」という情報をそれぞれ分けてインプットしていくことが重要なのだと説明をしています。

それらをきちんと分析をして「分けて」インプットできるようになると、アウトプットするときに、その分析力が活きてくることを実感するはずなのです。

使命感。
数年前まで浜松に住んでいてちょくちょく来てくれていた女の子が居たのですが、突然来なくなったと思ったら、久しぶりにひょっこりと来てくれたときに、実はやりたい仕事がみつかり、三重県に引っ越してしまって、というお話しをびっくりしながら聞いた思い出があります。

その三重県に引っ越してしまわれた女の子は車を持っていないので、1年に一度くらいの頻度で、わざわざ公共交通機関を使って当店に来店してくれていたりしました。
浜松駅からだと、バスを使って1時間くらいかかってしまうようなところに当店はあるので、三重県から浜松駅まで来て、そこからまたバスを使ってわざわざ来てくれることがとても有り難く思えることでした。

そして、その女の子が前回来店されたときに、彼氏ができたという話しをしてくれて、今日はその彼氏と一緒に来てくれたのです。

なんかまだ初々しくて、こちらがドキドキしてしまいそうなくらいでした。

引っ越されても、当店のことを想っていてくれて、頻繁に来れる距離ではないので、ほんとに年に一度、数年に一度くらいの頻度で来てくれるだけだとしても、とても想いが伝わります。

自営業って意外と大変なんですけど、こういうときにお店やっていてよかったなぁと思える瞬間でもあり、なんか元気をもらえます。
ですので、もっともっと良いコーヒーを手掛けて、また来たいと思う人たちの場所を守っていくことがボクの使命なんだと思えるようになりました。

久しぶりに来店してくれた常連さまから。
昨日来店された常連さまは、ずうっと毎週のように当店のコーヒー豆を購入されていた常連さまだったのですが、ここ1ヶ月くらいお顔を拝見しておりませんでした。

何年もこのお店をしていると、ご家庭の諸事情などによっても来店が困難になっていることもありますので、どうしたのかなぁと思っていたのです。

久しぶりにお顔を拝見し、今週行ってきた「大塚国際美術館」のことをお話したりして、レジを済ませると、「実は・・・」と、そのお客さまが話し始めてくれたのです。


「実は、引越しをしまして、なかなか来れなくなってしまいまして。」

え、どこに引っ越されたのですか?

「京都です。」

え?え?、どこですか?

「京都です。」

え、仕事の関係で、ですか?

「それもあるのですけど、半分はやりたいこともあって。」

失礼なんですけど、どんな仕事をしているのですか?

「心理療法士って聞いたことあります?そういう仕事です。」

半分のやりたいことってどういうことなのですか?

「まだまだ心の病などのことにたいして、世の中の理解が広まっていないので、世の中の人たちの理解を広げるために二次元の”デザイン”と融合とかできないかなぁと考えていて、その学びをしているんです。」


それを聞いて、確かにボクも大塚国際美術館に行って、絵画から伝わる「想い」に触れ、いまちょっとしたことですぐに泣けてきちゃったりしている自分がいることに、この常連さまとの会話で気づきました。
そうなんです。ちょっと情緒不安定なのです。

二次元の絵からの情報でも、人は心を動かされます。
たしかに、言葉だけでなく、いろんなものに人は心を動かされるものなんですよね。

そして、その常連さまが、京都だといろんなコーヒー屋があって、いろんなところのコーヒーを飲んでいるみたいなのですが、「後味がやっぱり違うんですよ。香茶屋さんのコーヒーは。」と言ってくれて、月に1週間くらいはこちらに帰ってくるそうなので、そのときにまた寄ってくれるというお話しもしてくれました。

コーヒー屋はどこにでもあるんですけど、「なんかちがう、ここのコーヒーは。」と思っていただけるようなコーヒーを作っていきたいと考えています。

人によっては「情景が浮かぶような」。またなにかを抱えている人には「涙が落ちるような」。そんなコーヒーが手掛けられればと考えて日々、取り組んでいます。
すべての人には理解されるものではありませんが、人によってはボクのコーヒーで「心を動かされる」そんな存在でありたいと考えているのです。

想いを「読み取り、受け取る」ために。
大塚国際美術館に行き、この年になって絵画に触れると、絵画からすこしだけ「想い」が伝わるような気がしている。

うちの相方は、「ゴッホの絵が好き」だという。
想像でしかないが、ゴッホはとても寂しく、複雑な想いを胸の内に宿しているからこそ、その絵をみて「複雑な想い」が伝わり胸が熱くなる。

作者が絵と向き合う時間はとても長いからこそ、時代背景からくる思想感や、それまでの人生観、宗教観、恋愛観などすべてがその作者の想いが形となって、絵に登場してくるものなんだと思っています。

最終的に見る側は、食と同じで「好み」になってしまうのだと思うのですが、その作者のその時点の「想い」が「どんなものであったのか?」を、汲み取ることで想像し、よりその「想い」が伝わるものなのではと考えるようになりました。

それくらい優れた作品は、「想い」という気持ちまでもが描写されているということなのだと思うのです。

それらを楽しむためには、やはり「好きな絵」や「好きな画家」がいると、事前にそれを自然と学ぶ時間が生まれますので、ものごとの出発点は「好き」という興味から入ることがいいのかなぁと、より思うようになりました。

「好き」から入って、興味を持ち、そして学びの蓄積をしていく。
そして、それらを「読み取り」そして「受け取る」のです。


当店では、そういった「読み取る」ための能力の育成などをテーマにした、「コーヒーテイスティングの基礎講座」などの講座もおこなっております。
興味がございましたら受講してみてください。

大塚国際美術家に行って、液体との類似点があることを知りました。
大塚国際美術館が、たのしかった。

特殊技術により、オリジナル作品と同じ大きさのサイズに、陶板に転写し焼き付けることで2,000年以上経ってもそのままの色で残ることで、文化財の記録保存のあり方に大いに貢献している世界初のそして唯一の「陶板名画美術館」です。
知らない人には「昨年末のNHKの紅白で、米津玄師さんが中継された美術館」と言えば、そこかぁと思い出す人は多いことでしょう。

展示作品のリストも「1,074点」もあり、地下B3・B2・B1そして、地上は本館と別館の各1F・2Fがすべて美術館になっていますので、全部見るにも半日はかかりますし、しっかりと見ようとすると1日では足らないと感じる美術館でした。

陶板に焼いていますので、写真の撮影もOKですし、手で触ってもOKなので、とても近づいて見ることもできる点がまた素晴らしいのです。

朝10時過ぎに入館し、10:30からの1時間のガイドさんの無料の説明を付いて歩き、その後は個人で閉館まで観て回りました。
現在のボクの興味は、コーヒーの「質」とも繋がる「明るさ」や「透明感」というところが自分のテーマだったように思い、B1のフロアが一番興味を感じ、一番長い時間そのフロアに居ました。

とくに、ゴッホ・モネ・ルノワール・ミレーの作品を観て回りました。
感覚は面白いもので、コーヒーの液体としての「透明感」が理解できるようになると、音の透明感や、絵画から伝わる空気感の透明感も、なんとなく理解ができていることに面白さを感じます。

ボクが今回一番に惹かれたのは、モネの絵の「透明感」でした。
「カササギ」「アルジャントゥイユの橋」「アルジャントゥイユのヒナゲシ」「キャピシーヌ大通り」や有名な「日傘の女」などです。
同じモネでも、1900年近くの「睡蓮の池」のシリーズになるとまた印象が変わるので、個人的には1880年代ころまでの作品の共通点でもある「透明感のある空気感」に魅力を感じ、そして惹かれたのです。

とくに「カササギ」は、冬の凜とした凍てつく空気感が「透明感」として伝わり、見惚れてしまっていました。

それの対比としては、ルノワールの「やわらかさ」です。
やわらかさは「動き」であり「ぬくもり」でもあることが伝わります。

これらは、液体のコーヒーと同じ表現ですので、言葉はすべての表現と類似している現象ですので、なにかひとつをずうっと勉強しているだけでも、いろんな類似点を見つけることができ、そしてその表現が見えてくることが面白いなぁと思えた出来事でした。

たぶん、ボクが良質なコーヒーと出会っていなかったとしたら、今のこの感覚を得ることはありえなかったので、偶然とはいえ良質なコーヒーと出会い、それを勉強できていることがまた楽しくなってきた出来事でもありました。

当店では、そういったコーヒーから学ぶ「感覚の育成」をテーマにした、「コーヒーテイスティングの基礎講座」などの講座をおこなっております。
興味がございましたら、ご連絡ください。

大塚国際美術館に行ってきます。
明日から3連休をいただいております。

実は、ウチの相方と山歩きの会でもお世話になっているMさんの奥さんとの間で「大塚国際美術館」に行くという話題で盛り上がっていたのですが、その二人だと公共交通機関を使った旅になることから、Mさんの旦那さんに話を持ちかけ、当初その気が無かったMさんの旦那さんをその気にさせて車を出してもうらことになり、せっかく車で行くなら一人でも多いほうがいいという話で、ボクにも声がかかったという背景があります。
そしてせっかく行くなら3連休にして、「大塚国際美術館」をメインで丸一日見ようという話になったのです。

静岡に住んでいると、なかなか四国に行く機会がないので、100名城をしているウチの相方は、丸亀城や高松城、徳島城も四国にせっかく行くなら行きたいという話になり、ボク的には修学旅行の感覚で、決められたコースをついていく感じです。

しかし、次男という上に兄がいる設定の人生を歩んできているボクには、流されながらも「楽しめる」という思考があります。

言い換えると「楽しみを見つけることができる能力」と言ってもよいのかもしれません。
そして、今回期待している中のひとつに「今の自分は、美しさがどれくらい見れるようになったのか?」という期待感があります。

それは、もう感覚でしかない世界ですので、見て感じるしかありませんが、今なら「すこしは感覚として感じることができるのではないか?」と思っているのです。

今回の旅で、また「美しさの理解が深まればいいなぁ」と思っているのです。

ということで、5/22(水)は、お休みをいただいておりますので、お間違えのないように。

ナチュラルの良さを伝えたい。
現在、「ブラジル・シティオダトーレ農園・イエローブルボン種・ナチュラル」のコーヒー豆を販売しています。

商品名の最後の「ナチュラル」は、精製方法を指しています。
ナチュラルは日本語では「自然乾燥式」とも呼ばれており、その言葉とおりで、収穫されたコーヒーチェリーを天日によって乾燥させるものです。

天日によりじっくりと乾燥させるため「やわらかな粘着性のある甘さ」が登場するのが特長です。
その「粘着性のある甘さ」が、良質なものであれば「コーヒーチェリーの果肉の甘さ」が登場してきます。
すこし劣ってくると「発酵臭」がその甘さに混じってくるのが特長です。

現在販売している「シティオダトーレ農園・ナチュラル」は、とてもクオリティが高く感じるのは「コーヒーチェリーの果肉の粘着性の甘さ」のジューシー感が登場している点です。

特に精製方法の「ナチュラル」は、水洗式の精製のコーヒー豆と比べると、お水を利用しての「比重選別」などがなされないため、未熟豆や欠点豆の混入が多く、一般的には水洗式(フリーウォッシュド・パルプドナチュラル)の精製のコーヒー豆のほうが品質は高いと思われてきた背景がありますが、近年では完熟したコーヒーチェリーのみを収穫し「高品質なナチュラル・コーヒー」を目指す農家が登場してきています。

ブラジルのCOE(カップ・オブ・エクセレンス)では、ナチュラル部門があるくらい、ナチュラルの精製の技術力が上がってきているのです。

昨年のパナマ・エスメラルダ農園のオークションでも「ナチュラル」が数多く出品されていたことと、その品質の高さから、今後のスペシャルティコーヒーのマーケットの中で、ナチュラルが頭角を現してくることは間違いありません。

そのためにも、ナチュラル・コーヒーを、焙煎でよりポジティブな印象を与えなくてはいけないことが、焙煎をする人間の務めであることだと認識しています。

現在、かなりこの「シティオダトーレ農園・ナチュラル」の焙煎の状態が良いと感じていますので、このコーヒー豆が売切れてしまう前に、一度召し上がっていただきたいと考えているのです。

ナチュラルは、好き嫌いが分かれますけど、とっても美味しいんですよ。



 


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