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脳の可塑性とか、シナプスの可塑性を利用しているんじゃないかな。
この言葉を知ったのは、ラジオから聞こえてきた「脳の可塑性」という言葉を聞いたことがきっかけでした。

脳の可塑性は、元々医療の現場で使われる言葉なのですけれど、脳梗塞などで脳の一部が死んでしまったとしても、脳は生きている別の分野の脳を使い、新たに別の回路で無くなってしまった脳の代わりを補う能力があるのだと解明されていて、その無くなってしまった脳の機能を、別の脳の一部が、新たにその代わりを補うように変化していくことを「脳の可塑性」と言うらしいのです。
(*専門ではありませんので、詳しく知りたい場合は調べてみてください。)

これは、もう20年くらい前に飼っていたウチの犬が、交通事故で後ろ足が動かなくなってしまい、獣医さんからは「もう一生治らない」と言われていたのですが、数年後には麻痺は残っていたのですが、よちよちと後ろ足も使い歩くことが出来るようになりました。
これが、脳の可塑性で、シナプスの可塑性とも言われています。

なぜ?こんなことを書いたのかと言うと、脳のスゴイと思えるところは、使い方次第で医学の無理を、可能にすると言うことです。
ウチの犬は、人の言葉が理解できなかったから、獣医さんの「一生治らない」は理解できずに、ずうっと動かない後ろ足に、今までのように「動け」と意識していたに違いありません。
それが、動かない後ろ足を動かせるように働きかけ続けた結果、奇跡が起こったのだと推測します。

要は、「あきらめない」と言う前向きの気持ちが、脳に別の回路を作り出させるのではないのか?と考えるのです。

ボクがある時考えた思考には、今見えていない香りの世界をもっと見えるようになりたいと思う「強い気持ち」に脳が刺激され、何らかの回路を作り出し、より繊細な香りの情報が理解できるようになるのではないかと考えるようになったのです。
それが、ボクの考える「脳の可塑性」と言う意味で、それは「あきらめない」と言う強い気持ちから来ているのではないかと言うことです。

そして、それを可能にさせるためには、その目標とする「世界観の存在を認知すること」で、それを「あきらめない」ということです。

ボクの場合は、ボクが見えていない「香りの存在を認知できたこと」がきっかけで、それを感じ取れるようになりたいと強く思いながら日常生活を送ることから始まりました。

そして、たぶん嗅覚には秘めた能力があるものだと思っていて、五感の中で唯一脳とダイレクトに繋がっている器官は「嗅覚」だけなのです。
その嗅覚を育成していくことで、他の感覚も相乗的に感覚の感度が向上していく事は、ボクも経験することで理解をしているので、偶然だとはいえ、コーヒーのフレーバーの理解のためにする「嗅覚の育成」が、その他の五感にも何らかの作用を働かせるようになるのだとボクは考えています。

ただし、ボクも経験しているように、嗅覚の成長には時間がかかります。
でも、あきらめないで毎日の日常生活の中にトレーニングを組み込むことで、必ず嗅覚はゆっくりと成長をして行きますので、あきらめないで香りのインプットや、香りの存在を意識して生活をしていくことが大切です。

それを続けていくことで、数年後には、ボクの言っていることが少しずつ理解できるようになることだと思います。

「なりたい。」をイメージする。
ボクはイトイさんが運営している「ほぼ日刊イトイ新聞」というサイトをよく拝見している。

イトイさんがそのサイトを立ち上げたのは50歳の時だったという話を聞いたことがある。
今のボクと同じ年に、新たにその会社を立ち上げたのです。

それを考えると、何かを始めるときに年齢というものは関係がないことなんだとインプットする必要があると思ったのです。

この年だから恥ずかしいとか、この年だから先のことを考えるとだとか、それは何かを始める場合の「諦め」に加担するための言い訳であって、願望ではないということなのだと。

イトイさんがある時、「なりたい」を書いたことがあった。
そうなりたい。と言う「なりたい」には「たくさんの気持ちと可能性が入っている。」と言っていた。

ボクもその通りで、「なりたい」っていい言葉だなぁと思った。
だから、ボクもそうだけれど、皆が真剣に「なりたい」を考えれば、とてもポジティブな世の中になるような気がした。

ボクも、ボクが思い描く「なりたい」をより鮮明に思い描けれるようにイメージしたいと思います。
それに向かって「なりたい」が、実現できるように。

真似る。ということについて。
何に対しても、この「真似る」はとても有効的なことなのだと考えられます。
味を真似るために、素材やレシピを真似たり、有名なファッションリーダーのコーディネートを真似たりもする。
真似ることがやはり近道で、それをすることでの気づきもあるのだろうと思う。

誰かが革新的なことを発見すると、それを真似る人が続出し、世の中にその類似品が多く登場するようになる。
そして、その革新的であったものは、真似られることで、その時代を作り出すことになる。

「真似る」から得られるものは、とても大きなものなのだと思える。

なので、とりあえずは「真似る」から始めた方が、成長が早いのだと考えています。
ただし、これは「目指すモノや人」がいてはじめて「真似る」ことができるので、もっと上に行きたいと考えた場合には、「真似る」ことでは物足りなさを感じるようになり、革新的なものを作り出すためには「真似る」では限界があることに気づくようになることでしょう。

ある程度までは、「真似る」ことでいろんなことを吸収し勉強になるのですが、あるレベルになってからは「オリジナル」という独自性が必要となることを知るのです。

そこからが、新たな境地で、失敗を繰り返さなければ、たどり着けない場所であるのだと考えています。
当店の場合は、周りに影響されないように、10年ほど閉じこもっていた時期もあるくらいです。
浦島太郎状態にはなりますが、周りから影響を受けないので、ガラパゴス化し、独自の考え方や論理が根付きます。
ただ、そこまで我慢できるかどうかが問題なだけで、そこを確立するようになるには、やはり10年という年月は必要になるのかもしれません。
結果そうだったと言うだけで、もっと短い年月で確立する人もいるのだとは思いますが、それでも数年はかかってしまうのだと思っています。

慣れが怖い。
今、お店はインターネット環境が無くなってしまっている。
来週には新しい回線が繋がるのですが、今現在のところスマホをテザリングしてネットに繋いで仕事をしていたりするのですが、知らないうちに結構な容量を使ってしまっていたりするので、できるだけオフラインで仕事をするように心がけています。

これは、慣れてしまったために「有り難みに気づかない」ってことに似ています。
時代が進歩したことで、とても便利な時代になりましたが、そこに慣れてしまったために、その有り難みに対して「当たり前」だと思う感覚になってしまったと言うことです。

それが「慣れ」と言うことです。
慣れは、それがとても凄いことだとしても、それが普通になってしまう。

でもこれはとても難しいことで、当たり前を当たり前だと思わないでいると言う事は、実はとても難しいのです。
そのためにボクも感受性を高め、良質なモノに対して、当たり前だと思わないように日々トレーニングをしているような気がしています。

いつまで経っても、やっぱり良質なモノに対して感動できるような、そんな感覚を持っていたいと思うのです。

良質なものには、その「背景」とか「プロセス」とかがあるもの。
今週の日〜月曜日で浜松の街中でイベントに参加してきました。

とあるおばちゃんが、当店のテイクアウト・ドリンクコーヒーの値段を見て「コーヒー1杯で、この値段なの?」と、ちょっとびっくりしている表情でそう訴えかけてきました。
当然、その値段なので、そのおばちゃんは購入する事はありませんでした。

無理もありません。
今の時代、コンビニでも100円程度で、レギュラーコーヒーがテイクアウトできてしまう時代です。

当店のような、良質なスペシャルティコーヒーだとしても1杯が450円もしてしまうのは、そのおばちゃんからしたら「とても高いコーヒー」で、理解し難い値段だったのだと考えられます。

その背景には、もちろん良質なコーヒー豆を使っていたとしても高く考えられるのでしょう。
だからこそ、イベントだといえキチンとしたドリンク・コーヒーに仕上げなければならないと香茶屋では考えています。

使用するお水の選択、コーヒーミルもお店と同じものを使用し、抽出時には温度計にてお湯の温度も計っていますし、フィルターもポリエステル・フィルターを使用し、お店の味のレベルをイベントでも落とさないように取り組んでいます。

そうした取り組みをボクの抽出している姿を見て「読み取れる」人もいれば、「コーヒーにその値段?」といぶかしげに思う人もいる。

ボクは年々、良質なスペシャルティコーヒーを提供することができている自負があります。
もちろんそれは、それを作ってくれている「農家さん」が居てくれてはじめて成り立つ商売なのです。

良質なコーヒー豆を育ててくれている、そのコーヒー豆を消費者にその美味しさをキチンと届けてはじめて成り立つ商売です。
良質なモノを作ることで、農家さんも高い収入が得られる。
その構図を作り出すためにも、キチンとした良質なコーヒーの液体に仕上げなければなりません。
そして、適性な値段で販売することが求められるものだと考えています。

良質な商品には、キチンとしたプロセスが背景にあるものです。
それがあってはじめて「液体のコーヒーが素晴らしい味わいとなる」のです。
そこを理解してもらうためにも、これからも「背景」とか「プロセス」までも伝えていきたいと考えていきたいと思っています。

面倒臭いから、良質さは生まれない。
よく言われる「ことば」がある。

それは「面倒臭いから」という「ことば」だったりする。
その面倒臭いことをプロはキチンとやってのける。
だからこそ、それ相当の代金をもらうことができる。

ご家庭では、その面倒臭いことができない人も多いので「お店で提供されるような味」にはならないということです。
なので、逆に考えてみてもらいたいのです。

ご家庭で、お店で提供されるような味を作るためには、お店で提供されるプロセスをすればよいだけのことなのです。

どういう道具を選んで使っているのか?
どういうお水を使っているのか?
それらを解決するだけで、劇的に味わいは変わることでしょう。

そして最後に技術と呼ばれるものがありますが、技術の考え方としましては、それほど難しいことではないので、そのロジックを講座などで受講すれば、ご家庭でもそれなりの味わいのコーヒーを召し上がることができるようになるものです。

「面倒臭い」は、かなりの美味しさを損ねます。
同じ価格の、同じコーヒー豆だとしても、美味しさが変わってしまうのです。
ですので、美味しさを取るのか?
それとも、面倒臭さから簡単を取るのか?
その選択肢だけで、確実にカップの中の液体の評価が変わってしまうということです。

ボクなら、美味しくなかったら飲まなくていいという選択肢があるのですが、好きな方だとやっぱり飲みたいものなのでしょうね。

「気づき」とか「発見」とか「セレンディピティ」とかを起こさせるために。
点をつなげる。

年末のお店の最終日に、久しぶりに来店してくれた常連さま夫婦に語ってしまっていました。
「点と点が繋がるようになるために、いっぱい点を記憶することが、まずは大切なんです。」
と。

それが「インプット」の本質です。
それはフレーバーの情報であったとしても、焙煎の技術だとしても、たぶんそれは全てのモノゴトにも当てはまることで、「点」として脳裏に記憶すること。
それが「インプット」で、いずれそういった「点」の数が年々増えていくことで、あるときにその「点と点」が繋がる瞬間が現れます。

それを世の中では「気づき」だとか「発見」だとか「セレンディピティ」だとか言うのだと思っています。
そのアウトプットを起こさせるためには、「点」を脳に記憶させ続けることが重要なのだということです。

今は、なぜそんなことを続けていかなくてはいけないのか?を理解できないかもしれないけれど、それを続けていくことで、いずれ起こるであろう「点と点」がつながり、いろんな「気づき」のために、インプットをし続ける生活習慣がとても大切なのだということです。

それを意図的に行えるか否かで、未来は変わるのだとボクは思っているからです。
現に、ボクは変化している実感があるので、あえてそれを伝えているということなのです。

蒸らしの時間をキチンとする。
できるだけお店が営業しているときには、このブログを更新したいと考えている。
そうなると「あれ、あのこと書いたっけ?」と書いたのか?それとも、書いていないのか?を忘れてしまう。
書いてしまっていたとしても、また重複して書いているということに「重要なんだな」と思って貰えたらと思います。

こんな前置きをすると、とっても大事なことのように思ってしまうかもしれませんが、生きていく上でそれほど大事なことではありませんが、コーヒーを美味しく淹れられる可能性が上がります。

それは、ドリップ式の場合の「蒸らしの時間を長めにする」というくらいのことです。
数年前までは、「蒸らしの時間は、お湯をかけてから粉が膨らみきるまでの30秒くらい」と説明をしていましたが、今の焙煎の場合ですと「+10秒」をオススメしているので「40秒くらい蒸らした方がいい」と説明をしています。

焙煎で、よりクリーンなフレーバーが登場するようになってきたことで、蒸らしを長くすることで、よりしっかりとした成分が抽出されるようになります。

その場合、「素材由来のフレーバー」と「焙煎由来のフレーバー」が登場するのですが、その両方のクオリティが高い場合には、「蒸らしを長く」した方が、とても良質な成分がしっかりと抽出されることに繋がるので、余韻までとっても美味しい液体の抽出に繋がります。

これを知っておくと、「あれ?あまりクオリティが高い豆ではないな。」と思った場合に、蒸らしの時間を短くすることで、「成分をしっかりと抽出しない」という「ごまかす抽出」という応用が効くようになります。

当店のスペシャルティコーヒーのような良質なコーヒーの場合は「より成分を豊に抽出」し、劣る部分が見られるコーヒーの場合は「あまりキチンと成分を抽出させない抽出」という具合に、ごまかす抽出をすることで美味しく召し上がることができるようになります。

どのようなコーヒー豆を使用するのか?で、抽出技術やそのロジックも変わりますので、スペシャルティコーヒー対応の抽出技術とロジックをキチンと教わるとそれぞれの対応ができるようになることだと考えています。

視覚の色彩美も。
ウチの相方が、先日テレビ番組で見た芸術家の「岡崎乾二郎 視覚のカイソウ」という個展でも展示されている作品の「色」を見て、初めて「美味しそうだと感じた」と目をキラキラさせながら語っていた。

再放送なのか、そのテレビ番組を後日ボクも見る機会があり、それを見ていて興味深いことを、その作家さんが語っていた。

「ニオイを嗅覚で感じてその断片を記憶するニオイの情報量はとても大切な感覚なのだけれど、同じくらいのレベルで視覚の色彩も情報をインプットできるものだと考えている。」
というようなニュアンスのことを語っていたのです。

ボクは香りの持つ情報に興味があるので、香りのインプットはその香りを嗅いだ時の情景と一緒に記憶されることがあることを知っていましたが、それと同じくらいのレベルで「視覚で感じる色彩も、情景と一緒に記憶される」ことがあるのだと語っていたのです。

ボクも昨年末から今年に入って、目で見て感じる色彩美を今まで以上に感じられるようになってきている自分に気がついています。
今までの人生で、「冬の情景」がこれほど美しかったんだと初めて気づいているくらい、見え方が変わってきている自分がいます。

その視点と、その作家さんの語っている言葉は「辻褄が付く」のです。
だとするならば、嗅覚と視覚の両方でインプットすることの重要さがあるのだということです。

もうそこも気付いてきているのですが、視覚で見た「液体の色彩の美しさ」は、口の中で広がるフレーバーの情景の美しさとリンクしているということです。

そこの気づきを得るためにも、今開催されている個展に足を運んでみようかと思っています。
何かしら気づかせてもらえると、今後の展開に変化が生じる期待を含ませながら。

想定外を大切にすること。
年末に、また新たな焙煎の設定を見つけた。
「見つけた」と言っても、今回もボクの頭の中には無かった設定だったので、「思い通りにいかなかった焙煎」をカッピングしたことからの気づきだったのです。

だいたいの「気づき」は、頭の中には無いことの発見なのだと考えているので、「気づく」ためには偶然だとか、不本意だとか、失敗だとか、「想定外」を大切にする必要があるのだと考えています。
そして、その「気づき」から初めて「分析」をすることができるようになるのだと考えています。

その新しく見つけた手法は、明るさと液体の質を豊にしてくれるのですが、当店の特徴でもあるロースト由来の甘いフレーバーと粘性も残しつつという設定なのです。

まだ、取り組み始めたばかりですので、微調整をしながら、各種ローストレベルの異なる焙煎で探りながら微調整をしていく考えでいます。

ホントにコーヒー焙煎は、ちょっとした設定の違いで見違えるくらいバランスが変わってしまうので、恐ろしくもあり、面白さでもあるのです。
また一歩、技術が向上した感があり、年末から年明けと今年も流れの中に居ることが嬉しく思っています。



 


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