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どうしたら、興味を持ってくれるだろう?
多くの人たちは、質(クオリティ)という本当の意味を探ろうとか、探そうとしていないので、意外と質(クオリティ)は理解できていません。
でも、多くの人たちは、自分はそこそこ、質(クオリティ)を分かっていると考えていたりする。
だからこそ、それを伝える難しさがあると考えています。

人間の消費活動は「好み」なんだとボクは考えています。
「好み」は主観ですので、品質とはあまり関係のないところにあったりします。
品質が劣っていたとしても「好み」であるなら「買う」という消費行動をとるのです。
ですので、よく売れているモノが品質が良いわけではないということも言えます。
そこに、品質(クオリティ)に対する難しさがあるのです。

意外と質(クオリティ)を伝えることは難しく、その意味を必要としている人は、そう存在するものではないからです。
需要がないと言った方がいいのでしょうか。
質の良さを知りたい、理解したいという需要が少ないことが、その興味を遠ざけているのだと考えています。

ですので、どうしたらそこに興味を持ってくれるのか?
を考えてみた方が、その扉を開いてくれるかもしれません。

ですので、どうしたら興味を持ってくれるのか?を考えてみようと思っています。
「好み」を探す楽しさもありますけど、改めて気づく「質の良い美味しさ」っていうものもあるのですけどね。

「分からない幸せ」と「分かることの幸せ」。
食に関してなのですが、「分からない幸せ」と「分かることの幸せ」と2つの幸せがあるのだと考えています。

「分からない幸せ」は、これは昔のボクだというところでしょうか。
味覚寄りの感覚で、嗅覚は強いフレーバーしかキャッチできなかった頃のボクでは、素材の良し悪しのフレーバーも強い香りのレベルしか判断ができていなかったので、良い香りも嫌な香りも強いレベルのものしか判断ができないので、味覚よりの味付けのバランスなどの美味しさを判断していたように思っています。
これは、繊細な香りは「良いのか?悪いのか?」も理解できていないので、素材の質が劣る食材であったとしても美味しく感じ、「なんでも美味しく食べれる」という幸せ感があるものです。

「分かることの幸せ」は、より繊細なフレーバーの香りの情報が読み取れることで、香りの情報が分析できることから、「素材の良し悪し」や、それを作っている「人の良し悪し」なども分かってしまいますが、なぜこの料理人はこの食材をこのように調理したのか?などの理由も、なんとなく理解できてしまう能力でもあります。
こちらは、学習をした現在のボクというところだと考えています。

素材の良し悪しが理解できるので、口に含んだ食材の品質に対して気が付かずに通り過ぎてしまうことは無く、良いものであっても、悪いものであったとしても気づいてしまうという難点があるのですが、良質なものはキチンとその良さが理解できますので、より「うっとり」とその素材の良さを堪能することができることがメリットだと考えています。

逆に、「分からない幸せ」は、品質の劣る理解もキチンと理解できないことから「なんでも美味しく食べられる」という幸せがあるのですが、品質の良さの繊細な部分はキャッチできづらいので、「言われなかったら気づかない」という場合があり、意外と見落としてしまう場合があるのです。

これは、どちらを選択するのかは、それを理解したいという本人の意思しかありませんので、自分の人生において「どちらを選択するか」は、本人が決めることしかないということです。

ただし、「分かることの幸せ」を選んだ場合は、やはり学習しなければ理解できるようにはなりませんので、キチンとした先生を見つけ、その先生から学ぶことでしか学習できませんので、自分に合う先生を見つけることから始めることが大切です。

絵画から感じる美しさから学ぶ。
昨日の定休日を利用して、静岡市美術館で現在展覧されている「印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション」を観てきました。
日本では未公開のゴッホや、ルノワール、セザンヌ、ドガの<リハーサル>といった名作が展示されているとのことでした。
ボクは基本的には、すべてコーヒーの表現と繋げて考えてしまうので、いろんな絵画を見ながら「美しさの共通点」を探すために美術館に出向いたりするわけなのです。

今回、その展覧会に行って、静物画の良さということが少し理解できたように思ってます。
それは、絵画は基本「平面」に描かれているのですが、「平面に描かれているのに、立体的に感じる」というものがスゴイなぁと思います。
印刷すると見えなくなってしまうような、暗い色の部分でも実物は緻密に描かれていたりします。そういった部分の表現は、コーヒーの焙煎の場合は、ローストの透明感をキチンと登場させないと緻密な表現は登場しませんので、やっぱり透明感は大切だなぁと改めて感じてみたり。

そして絵画なので、そこには技法という技があるということです。
そこに気がつければ、その技法の考え方を、焙煎の考え方に当てはめて、表現することができるような気がしています。

そのためには、まずその絵画のスゴさを理解し、その作者がどんな技法を使って、何をしているのかを知る必要があると思っています。
それが理解できれば、原理は同じですので、コーヒーにでもその技法が使えるのだという考え方なのです。

食以外からでも、「美しさは同じ」ですので、その共通点を見れるようになることが大切なんだなぁと感じています。

「のどごし」っていう美味しさ。
今日、常連さんが来店してくれた。
その人は、女性でいわゆる定年を迎えるくらいの年齢なのですが、ロードバイクをしていて、先日も河口湖の方までとあるグループで行ってきたのだと話されておりました。

そして、河口湖のほとりにあった、あんみつ屋さんであんみつを食べたところ、お皿の下の方に「寒天」が入っていて、その寒天がとっても美味しかったという話をしてくれました。

「味はないんだけど、なんか美味しかったんですよね。」
と話されていたのです。

このお話のポイントは、「味はないんだけど」「美味しかった」というところです。
要は、のどごしとかの「つるん」とした滑らかさの部分なのだろうとボクは解釈をしました。

コーヒーの液体の場合も、「滑らかさの質」というものがあります。
それは、使われている「寒天の素材のよさ」から来ているのかもしれませんが、使われている「お水」も影響しているのだと想像ができます。

「滑らかさの良さ」というポイントの美味しさに気がつけると、それが「素材から来ているものなのか」、それとも「素材に合わせている」お水から来ているものであるのか?もだんだんと分かってきたりするのです。

ボクはそれを「香りの元をたどる能力」と呼んでいるのですが、人間の嗅覚のスゴさは、香りの元をたどって行くことで、その香りの元をたどっていった結果、それが「素材から登場している香り」であるのか、それとも「使われているお水」から登場しているものであるのかが、理解できるという嗅覚の能力の1つです。

その香りの元をたどる能力を使うことで、なにが「美味しかったのか」がいろいろと分析ができるようになるということです。
そういう能力が使えるようになりたいという方は、テイスティングの基礎講座を受講されますと、どうすればそういった能力が身につくようになるのかを説明していますので、興味がありましたら受講してみてください。

普通のもの、良質なものをキチンと知るために悪さを知る。
ずうっと帰宅途中にある「鶏卵場」の近くになると、いわゆる「鶏糞のニオイ」がクサイので、そこに近ずくと車の窓を閉める習慣がついていた。

だけれど、ここ1週間ほど前から、なんでかはボクもよく分かっていないのですが、あえてその「臭いニオイ」を窓を閉めずに嗅いでいる。

そして、その「クサイ」とか、「もう嗅ぎたくない」とか、そういう香りの情報を分析しようと努めている。
もう、窓を閉めたいし、もう嗅ぎたくないニオイであることは間違いないのですが、その「クサイ」というニオイの分析をきちんとしたいのだろうと思っています。

たぶん、クサイと呼ばれるニオイは「食べてはいけないもの」のような気がしています。
それがいいニオイだとしたなら、きっと食べてしまうのでしょうけれど、それを食べてはいけないので「クサイ」というニオイになるのだと思うのです。

ですので、その「クサイ」という感覚の存在をキチンと理解すれば、見落とすことなく「これ、ここにクサさがありますよ」と悪いニオイとして分析ができるようになるということなのだと思っています。

そして、まずはその「クサイ」という感覚が無いものが「普通以上のレベル」だと言えるでしょう。
そこから、「普通以下」「普通」「良い」というレベルがよりキチンと理解できるようになるだと考えているのです。
悪いものを知らなければ、普通に気がつきませので、良さも結局は気がつかない。

質を理解するためには、良いものだけを学んでもキチンとは理解できないのだと思うわけなのです。

見え方が変わると、新たな美味しさに気づけるようになる。
美味しさが理解できるようになるっていうのは、「見え方が変わる」という感じかなぁと思う。

多くの人たちは「酸味がキライ」だと言いますが、「酸味の見え方が変わる」と「なるほど、この酸味の感じ好きかも」になるのです。
ボクも、好きな酸味の出方と、嫌いな酸味の出方があったのですが、口の中での「見え方が変わってきた」ことで、嫌いな酸味の出方があったとして「美味しく感じる」ようになってきたのです。

この「見え方が変わる」は、「ちがう感覚で見る」ということかもしれません。
口の中で使っている感覚は、「味覚」と「嗅覚」と「触覚」の3つですので、どの感覚をメインに使って見るのか?ということなのではなかろうか?と考えています。

ほとんどの人は、生まれてから今まで「自分の感覚」として感じていますので、それを意識的に3つの感覚のうち、今回は「この感覚で見てみよう」はなかなかできません。

ですが、これもトレーニングで、3つの感覚を意識して、いろいろと試しているうちに、徐々にそれぞれの感覚の感じ方が分かるようになってきますので、そうすると意図的に思った感覚で見れるようになるということです。

このように感覚を意識して切り替えができるようになれば、違った側面から美味しさを捉えれるようになってきますので、「今までの人生で感じていた美味しさ」とはまた異なる美味しさに出会える可能性が増えるのです。
要は、新たな感覚の美味しさが、人生で初めての経験だったりするということです。

この可能性は、トレーニングしなければ見えるはずもない美味しさですので、興味がありましたら当店のテイスティングの基礎講座を受講してみることをオススメしております。

「見た目」よりも、フレーバーで判断する方法。
ボクたちが食品の品質のチェックをする場合、とりあえず「見た目」とか、触った「感触」とか、匂いを嗅いだ「香り」とかで判断をするものですが、最終的な判断としましては、やっぱり食べてみての「官能検査」になります。
要は、フレーバー(風味)から品質をチェックするのです。

ですが、一般の消費者の品質の捉え方はやっぱり「見た目」での判断が圧倒的に多いのが特徴だと言えると思っています。
見た目ですと、思い込みが大きく左右してしまい、本質とは異なるモノを評価してしまう場合があるのです。

当店がフレーバーの香りの情報から品質(クオリティ)をチェックするためには、「香りの元をたどってゆく能力」が覚醒することが大切だと話しています。

要は、口の中で広がるフレーバーの情報の香りの元をたどることで、その香りの元がなんなのかが、なんとなく理解できるようになってくるのです。

そのためには、頭の中の脳にインプットしてある香りの情報をより明確に記憶していることが重要で、それがあることが前提として、香りの元までたどっていけるのだと考えています。

とすると、品質をフレーバーから感じとるためには、脳に「香りの情報を明確に記憶させること」こそが、品質を理解するために必要なことであることが理解できることでしょう。

ですので、ボクたちのしているトレーニングは、香りを明確に記憶することを日常的におこなっているということなのです。

クラフトビールのテイスティングから学ぶ。
一昨日と昨日は連休でした。
本当なら、一昨日の定休日を利用して講座をする予定だったのですが、受講者が集まらなかったので、そちらはキャンセルとなり、午前中にしなくてはならない用事を済ませ、午後から空いた時間で、久しぶりに昼からビールでも飲もうと、浜松の中心部へと向かいました。

ボクたちは、幼いころから浜松駅周辺の浜松の中心部のことを「マチ(街)に行く」と呼んでいて、今回もマチでビールでも飲もうか!と、久しぶりにバスに乗って出かけたのでした。

本当は、行きたいドイツ・ビールのお店があったのですが、祝日の月曜日も定休日扱いとなってしまっていて、予定を変更させられてしまいました。

こんな時に便利なのがスマホです。
スマホで、クラフトビールを置いているお店など調べたところ、メイワンというビルの1Fのカフェにクラフトビールがあるということだったので、そこでビールを飲もうと足を向かわせました。

お昼の3時過ぎくらいに、そのお店に入ると、ちょうどクラフトビールフェアーなるものをやっていて、通常650円前後のクラフトビール5種類がALL500円で飲めるフェアーでした。

ウチの相方と二人で行ったので、お互いに違うものを頼んで、飲み比べをすれば5種類全て飲めそうです。
ですが、コーヒー・テイスティングを学んでいると、メニューの文章からなんとなくどんな味わいなのかが想像できるので、結局はすべてのビールを注文することはなかったのですが、3種類のビールを頼みました。

そして、今回のビールをテイスティングしてみると、フレーバーとしては、「ホップ由来のフレーバー」と「麦芽由来のフレーバー」に分けられるということです。

やっぱりビールの色が淡い色のビールは酸味がしっかりとあるのですが、そういうビールだと、ホップの香りが「ブドウ系」が楽しめるようでした。黄緑色の爽やかな「ブドウ」のホップ由来のフレーバーと、麦芽のフレーバーは苦味のある酸味のフレーバーだと思ったので、柑橘系のピール(皮寄り)のフレーバーです。

これは、コーヒーとも類似点があり、ビールの液体の色が濃くなるにつれて、味わいや風味はより華やかに移り変わってゆくので、ホップのフレーバーも華やかに推移してしまい、爽やかなフルーツ感が登場しなくなってしまいます。
その代わり、液体の滑らかさを楽しむことができるのですが、フレーバーを楽しむのであれば、麦芽をあまり焦がしてしまっては、ホップの香りの登場にも影響があるようです。

コーヒーも、コーヒーの素材のフレーバーを楽しむために、深くローストしないで、酸味のフルーツ感のあるフレーバーを登場させたいと考えるので、ビールも一緒なんだなぁと改めて理解ができた、昼からのビール飲みでした。

最近は、たまにしかお酒も飲まなくなりましたが、やっぱりキチンと作られたモノは美味しいですね。

比較して、書きとめる。
これも以前にも書いたことなのかも知れませんが、「比較すること」で見えてくる世界があります。

1つだけを見るよりも、2つを交互に同時に比較することで、より繊細なところが見えてくるものです。
そして、コーヒーの場合でしたら、その違い(カッピング・コメント)をキチンと書くことで、より明確にその違いが自分の深いところの明示に作用すると考えています。

ですので、ポイントとしましては、
1・比較する。
2・コメントをキチンと書く。
3・分析をする。
です。

意外と、カッピングしておしまい。という人が多いですので、キチンとカッピング・コメントまで書くを意識すると、ワンランク上の成長が見込めるのだとボクは考えています。

そして、カッピングする際には、コーヒー焙煎をしている従事者には、ローストで与えられるフレーバーのカッピング・コメントを意識することが大切なのだと考えています。
フレーバーを探せれるようになると、焙煎で登場する「ロースト由来のフレーバー」と、「素材由来のフレーバー」とを分析できるようになりますので、「素材の質」だけを分析するのではなく、「焙煎の質」を見れるようになることが重要なのです。

質を見るということは、「理由が理解できるようになること」ですので、口の中で広がるフレーバーの情報から、いろんな理由を分析して、それらを理解できる嗅覚のレベルと脳を育てていく必要があると考えているのです。

良質さを理解するためには「非凡さ」に気づくこと。
以前にも、何回か書いたことがあるのですが、良質さを理解する上でとても大切なことは、「非凡さに気づけるようになる」ということです。

「非凡さ」は、言い換えると「平凡ではない。」とか「普通のものにはない特に優れたもの。」という意味です。
その「非凡さ」に気づくためには、いかに平凡なものをキチンと理解しているのか?にかかっているということです。

ほとんどの人は、良いものだけ一生懸命に覚えようとするのですが、それでは同じレベルのものだけは理解できるようになるかもしれませんが、それ以上のものや、それ以下のものの判断が曇ってしまうことでしょう。
そうではなくて、いかに普段の生活で普通に流通している商品をキチンと覚えているかで、それらとは異なる「非凡さ」のある商品と出会うと、その「非凡さ」に気づけるようになるということです。

なので、普段の生活から意識する点は、普段の食生活のレベルの食材の香りをキチンと覚えることなのです。
これこそが、一番大切な学習で、それがなくては良質さの本当の意味での理解は難しいとボクは考えています。

生まれつき嗅覚の敏感な人たちというのは、勝手に食材の風味がくっきりと見えるので、知らず知らずのうちに普段の食生活で食べる、普通の食材の風味(フレーバー)を覚えてしまっているということです。
ですので、良質な食材や料理などと出会った時に、口に含んだ瞬間に「はっ、これは非凡だ!」と理解ができるということなのだと、ボクは考えています。

なので、嗅覚がそこまで敏感ではない、ボクを含めた一般人の場合の学習としましては、嗅覚の敏感な人たちを見習って、普段の食生活で感じている、普通の食材の風味(フレーバー)をキチンと覚えるということが重要なのだということです。

これは、意識しなければキチンと覚えることができないことですので、まずは意識をして、普段の食生活を送るようになることこそが大切なのだと言えるでしょう。



 


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